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ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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 そんなこんなで、今は皆で玄関に来てる。靴を履かなきゃいけないからな。
 ミレイは弟と別れを惜しんでいる。
「んじゃ、行ってくんね。……また、喋ろうな」
「あー、はいはい。どーせ寂しくなってもどうにでもできるやろ? んな凹むな」
「……最後にセクハラして良い?」
「やめれ。……こらっ、やめろっつったろうが! ええ加減にしろや!」
 ミレイは弟をギュッと抱き締めた。弟の方は至極迷惑そうにしていたが、気持ちは分からないでもなかったのだろう、抵抗もしていなかった。
 オレはと言えば胸がモヤモヤしたが、オレがナーバスになった時にミレイが何も言わずに横に居てくれた事とかを思い出すと、今回はぐっと堪えようと思えた。
 やっぱり、一番の強敵はこいつだというオレの見込みは合ってたんじゃねーかとも考えたけどな!
 ミレイは異常なまでにブラコンだと思う。オレもシスコンと言われた事はあるが、ミレイのそれはちょっと行き過ぎだ。
「……ごめん、むぅちゃん、リィちゃん。お願いします、えーと……碓井さん?」
「一般人はいないからアルセウスで構わぬ。もう良いのだな?」
 ミレイは頷いた。
「善は急げって言いますし。思い悩む前にやっちまえって言いますし」
 ミレイはそういうと玄関先から降りて、靴を履いた。
「そうか。では、行くぞ」
 一度経験した、眩しい光が辺りを包む。


「……わたしは、何を?」
 光が消えた跡には、一人の女性。
「何をって……買い物から帰ってきたんやろ?」
 満は、そう声を掛けた。
「……あ、あー。そうやったね。ほな、勉強の続きしてくるわ。何でアンタにつきあってポケモンセンターなんかに行ったのか、わたしの正気が疑われるけど、とりま遅れた分は取り返さな」
「たまには息抜きした方が……」
「ふんっ、サボることしか頭にないアンタなんかに言われてもな」
 二階に上がっていく「姉」を見送りながら、満は嘆息した。
「……あー。俺から焚き付けておいて何だけど、やっぱクルものがあんなー。まぁ、次は俺かもしれんけど」
 何気に意味深な事を呟き……彼は姉が荷造りをしている間、アルセウスに仄めかされた未来に思いを馳せる。
「どうしたもんかなー。俺は別に、姉ちゃんと違ってこっちにも未練ありまくんねんけどな……」


「……ああ、ただいま」
 ミレイの前にいるアルセウスは、今は本来の姿。それを見て、彼女は感慨深げにそう呟いた。
 俺にとっては見慣れた、彼女の本来の年よりも若い姿で。
「お、リィちゃんも元に戻っとる。もしかして、わたしも若なってる? 身長差同じ感じやし、縮んでるかな」
「ああ、そうだな」
「そっかー。ちょっと安心した。別に年下と付き合うのは問題ないけど、身長差がなくなってると甘えにくい」
 堂々とそんな事を言うミレイは、何かを吹っ切ったようだった。
「甘えにくい?」
「……んにゅう」
 一瞬躊躇う素振りを見せ、けれど彼女はオレの腕を掴み、肩に頭を乗せる。
「要するにこういう事がやりにくいねんって事……。うぁー恥ずかし……」
 恥ずかしいからと言ってぐりぐりと顔を伏せ、押し付けてくるのは逆効果だと思う。けど、言ったら離れていきそうだな。
 そんな事を考えていたら、いきなり声を掛けられた。
「ミレイちゃん、グリーン君、おかえり! お熱いね~、ひゅーひゅー!」
「お、お熱くて悪かったな!?」
「ひゅーひゅー言うない!! って、ターちゃん!?」
 バッと擬音のつく勢いでオレから離れたミレイは、ウタタを見て目を見開いた。
「ターちゃんもグルやったんか!?」
「確かにグリーン君けしかけたり送り込んだりしたけど、ちゃんと約束は守ったんだからね! 彼は自力でミレイちゃんの事思い出したよ?」
「……グレン島で?」
 ミレイの訊ね返した内容に、一瞬息を止めてしまった。
「何故分かった?」
「えっ、そうだったんだ!?」
 そんな事は初耳と言わんばかりのウタタも声を上げたが、ミレイはそれは聞こえていないようだった。
「ま、マジか……。いや、昨夜、グレン島にいる夢を見てさ。そこにリィちゃんが登場したから……ね?」
 そういえばミレイの弟がそんな事を言っていたが、グレン島の夢だったのか。
「あんまりにも思い詰めてるようだったから、思わず話し掛けちゃったって夢やったんやけどね?」
 ……ん?
「『諦めてしまえば良いのに。もういない人の事なんて、忘れてしまえば良いよ』ってか?」
 今度はミレイが息を呑んだ。
「マジで?」
「マジだな」
「うひゃああぁ。成程。ごめん、ターちゃん。自業自得やったわ」
 謝られたウタタはと言えば、にやにやとしている。
「気になるなぁ」
「ネタにされる事は自重します!」
「つまりはそういう事なんだね!」
「うにぅ……」
「愛の力は偉大だね~」
「あぅ……」
 ひとしきりミレイをいじったら気が済んだのか、ウタタは笑顔からにやつきを消した。
「はい、ミレイちゃんのポケモン。リュウガ……だったよね? カイリューが鞄持っててくれてるから」
「わ、あんがと! これで生活できるっ!」
 モンスターボールを受け取るミレイもまた、笑顔だ。
 だがそれを聞いたウタタはまたにやにやとしだし……何故かオレをちらっと見た。
「生活……こっちでするんだね?」
「うん、問題はどこに住むかって事やけど、当分は今まで通り……」
「こらこら。それじゃ意味ないでしょ! ……なぁ、グリーン君?」
 これはもしや……。
「君ん家は空き部屋無いのかい? もしくはジムの居住空間とか?」
 ああ、やっぱりそういう事か。
 ウタタにいじられるのは恥ずかしいが、今はありがたくそれに乗らせてもらうとしよう。
「そうだな、オレの家は……」
 さて、ミレイ。覚悟はできてる筈だよな?
 今度こそ、逃がさないぞ。


逃避行~完~
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「おう。おめでとう。んじゃ、親が帰ってくる前にちゃきちゃき荷造りしろ。ねーちゃんの夢にまで見た長期家出やで」
 けしかけただけはあって、ミレイの弟は姉の報告に淡々とこう返してきた。
「どうせ、例の紙束とか画材とか略本とか持ってくつもりやろ」
「……鞄にどんだけ詰まるかなぁ……。てか、向こうの世界にわたしの荷物、残ってるんやろか」
 図星だったらしく、ミレイはどこか遠い目をしながら言った。報告の時にものすごく壊れたテンションだったのが、一気に覚めた感じだ。
 夢心地だったのが、現実に引き戻されたのだろうな。
「どーせ、ねーちゃんの事やからまたこっちに顔出してくる気がしてなんねーんだよなー。だから、いざとなったら俺の部屋に隠してけば?」
「サンクスむぅ。恩に着る」
「まぁ、できれば一発で全部持ってけ、とは思うけど」
「ですよねー」
 やり取りを聞いていたアルセウスが、口を開いた。
「お前の荷物なら、お前のカイリューが持っているぞ」
「え、ホンマですか!? それは有難いです。ありがとうございます。て事は、向こうに着いてからの事に関してはあんまり考えなくても良し……っと」
 ミレイは再び、弟の部屋から出て彼女の部屋に戻ってきた。押し入れを開け、大きな鞄を取り出す。
「……聞いてーや、リィちゃん。こっちの世界、荷物がデータ化されへんねんで」
「え、マジか」
「マジも大マジ。せやから、こんなに大きな鞄持ったかて、リィちゃんが思とるほど物入らへんねん」
 どうやら、家の荷物全て持ち出すつもりかと勘繰ったのが、見透かされたらしい。
「貰いもんと創作資料と画材と略本はサルベージしたいなぁ」
「りゃくぼん?」
「攻略本の略ー。ポケモンの裏情報満載。わたし体力もセンスもないから、せめて知識でチートしてカバーしようかと」
 ああ、ポケモンセンターで売られていたアレか。
 思い返すと未だに鳥肌が立つ。オレの世界をそのまま再現したかのようなゲームが存在する事に。その証拠を目にした事に。
「……確かにゲームの世界かもしらんけどなー」
 ミレイは立ち尽くすオレを見上げて言った。
「それでもリィちゃんにとっては……そしてこれからのわたしにとっても、現実やで? 実在してるねんで? そこは信じて良いと思うねん」
「……」
「立ちっぱなしやと疲れるやろ、ベッドにでも座って待っててーな」
「あ、ああ」
 考えだすと頭がぐるぐるとして気持ち悪い。だから、素直にベッドに腰掛けた。
 ぼんやりと眺めていると、ミレイは何着かの服を詰め、アクセサリーを詰め、色鉛筆や筆箱を詰め、書物や紙束やファイルを詰め込み、更に色々と袋やらぬいぐるみやらまでギュウギュウと鞄に押し込めている。
「……そんなにいっぱい持って行くのか?」
「一応駆け落ちやし、もしかしたら二度と戻ってこられへんかもしれへんし」
「戻ってくるつもりかよ」
 何だか聞き捨てならない事を聞いたような気がする。
「夢の中でなら、戻ってこれんねん。帰り方探してた頃からそうやったから、きっと今回も夢の中でなら大丈夫やと思うねんなー。んで、根性出したら、夢の筈やのに何でか知らんけど、普通の鞄くらいの荷物なら何とか持って帰ってこれるっぽいねんよね。起きた時、めっちゃ疲れてんねんけど」
 鞄のジッパーを閉めるべく奮闘しながら、ミレイはさらりととんでもない事を言う。
「でも、所詮、わたしにとっては夢や。そうやのって、分かんねん。何でか知らんけどな。目を覚ませば、また寝た場所に戻ってきてんよ。たとえ夢ん中で世界の壁を越えてたって、な」
 パンパンに膨れ上がった鞄をいつものように右肩に掛け、ミレイは立ち上がった。
「ほな、行こか。懐かしのポケモン世界」
 果たしてミレイの部屋は、入口から見えた印象そのままに、物で溢れ返っていた。
 ドアから入ってすぐに、書籍が積み上がっている。本棚は本と大量の封筒で既にいっぱい。机の上の本棚も、半分は封筒で占められている。残り半分は、机の上に積み上がった山に隠されて、よく見えない。
 本の背表紙には薬理学だの病理学だの、画像診断だのと書かれていて。何とはなしに封筒を見たら、隅に消化器だの感染統合だの救急だのと書かれている。
 ――こいつ、医者の卵か!!?
 だが、溢れ返っているのはそういうお堅い本や封筒だけではなく、本棚の一部や机の上、更にはベッドの横の移動式ラックの上にまでぬいぐるみが鎮座していた。特にベッドの横に置かれているものは、どこからどう見てもポケモンドールだ。フシギダネ、チコリータ、ヒノアラシ、ミュウ、カイオーガ、ラプラス……。
「……リィちゃん?」
 上着をハンガーに掛けたミレイが、訝しげな声を出す。『パソコンの部屋』とやらに先に行ってる筈、とか思ってるんだろう。
 ――さぁ、腹を括ろうか。
「なぁ、ミレイ」
 声の響きから何かを感じ取ったのだろう。ミレイの顔からすっと表情が抜けた。
「さっきはいきなり泣かれてうやむやにされたけどさ。オレ……怒ってるんだぞ」
「そ……っか。そりゃ、そうやんね。記憶いじって帰ったもんね。うん、それは悪かった。記憶いじんのはアカンよね」
 ミレイは視線を下に逸らしかけ、手を強く握ると、目を合わせて消えそうに震える声でそう言った。
 何かあると視線を逸らしがちな彼女にしては頑張ったのだろう。でも、謝って欲しいのは記憶が云々と言う、そこだけじゃない。
「そりゃ、記憶をいじられたのも腹立ったけど、そこじゃねーだろ」
 先程から、ミレイはどんどん顔色を悪くしている。下手をすると倒れるんじゃないかという程に。
 けれど、これだけは、言っておかねばならなかった。
「好きな奴にいきなり消えられてみろ。どんだけ苦しい気持ちになったか。……分かるか? お前がいなきゃ、足りねーんだよ」
 真っ青になりながら聞いていたミレイは、固まった。数瞬後、止めていた息を浅く繰り返し、唾を飲み込んで、更に空飲み込みして、それでも何も言えなかったのか、訳の分からない呻き声を上げた。
「……嘘や」
「嘘じゃねぇよ」
「……夢や」
「一発殴ってやろうか?」
「孟宗竹!」
「妄想じゃねーのかよ!?」
 独り言っぽい呟きにいちいち否定してたら、最後に大ボケが飛んできた。それで元に戻ったかと思いきや、彼女は再び「……やっぱ夢かも」と言い出す。
 今度こそ、色んな意味を込めて、頭を軽く小突いてやった。流石に、いざ目の前にすると、全力でぶん殴る事は出来なかった。
「ったぁ!?」
「目は覚めたか?」
「……きっと多分おそらくメイビー」
 小突いた箇所を押さえるミレイの耳が、赤い。
「最初は殴りに来たんだけどな。こっち来て、確信した。お前、オレと来い」
「……は?」
「あっち帰ろうぜ。アルセウスが協力してくれる」
 だが、ミレイは首を横に振った。
「……や、流石に無理。わたしこう見えて23やし、オバサンやし」
「だからたまに大人っぽかったんだな……。ま、多分、帰ったらまた縮むだろ」
「学校あるし」
「お前がいなくても、謎の影武者がいてくれたんだろ?」
「……リィちゃん怒ってるし……」
 煮え切らない態度に腹が立って、気付いたら怒鳴っていた。
「あー、もう、グダグダ抜かすなっ! お前の弟にも許可は貰ってるんだ、お前は黙ってオレに攫われときゃ良いんだよ! 変に思い切りの良いお前はどうした!? オレが、お前を必要としてる。それで充分だろ?」
 ミレイは再び絶句。今度は思考停止ではなく、むしろ頭を忙しく働かせていると、グレン島での付き合いから雰囲気で読み取る。
 彼女は段々顔まで赤くしていき、しまいに呆れたように言った。
「……リィちゃん、プロポーズに聞こえんで?」
「この期に及んでボケるか。プロポーズだ。ついでに駆け落ちの勧めだ」
「あ、やっぱり……」
 きっと自分の顔も、今真っ赤だ。新たな黒歴史の一幕を足してしまった気がしてならない。
「んじゃ、しつこくてゴメンやけど、ホンマに後悔せぇへん? わたしが傍におって、ええのん?」
「くどい。そりゃ将来的に後悔するかもしれねーけど、だからと言って今から後悔したくねーよ。今はお前じゃなきゃダメなんだ」
「……そっか」
 何を思ったのか、ミレイは真剣な顔でペコリと頭を下げた。
「不束者ですが、よろしくお願いします」
「……は?」
「うん、そこはちゃんと挨拶しとかな。気が済まん」
 って事は……。
「リィちゃんについてくよ。やったろうでないの。世界を股に掛けた駆け落ちってやつ」
「ここが我が家でーす」
 欠伸を噛み殺しながら、ミレイが言った。
 周りに比べたら小さな一軒家の前だ。
「ん、よし、車ない。親留守や。遠慮なく連れ込める」
「連れ込めるて、おい。何か誤解招くぞ、その言い方。寝惚けんのも大概にせい」
 弟にそう突っ込まれる程度には、ミレイは眠そうだった。眠いだろ、という指摘は的を射ていた訳だ。
「んにゅ……」
 ミレイは目をこすった。
「寝ちゃったら、余計眠い……」
「そっけ」
 玄関前で立ち尽くす姉に代わり、弟が扉の鍵を開ける。……鍵を開ける?
 ミレイが気付いたように、説明した。
「ああ、こっちは結構物騒なんよ。この周りで空き巣に入られた事ないんってうちだけやんな?」
「あー、そうやな。ぼろいからしゃーない。向こうは入りたい放題なんやっけ?」
「おーう。入りたい放題、取りたい放題……」
 眠気のせいか、普段よりも間延びした調子で弟に答えるミレイ。
 ……何て物騒な世の中だ、と突っ込むべきなのか、こっちが長閑すぎると考えるべきなのか。
「そこ疑問やんな。殺人事件とかないんかな」
「聞いた事ない。リィちゃん、あったっけ」
「いや、こっちではそんな物騒なのか!?」
 予想以上の物騒さに思わず声を上げたら、ミレイは淡々と弟に返事した。
「ほら、なさそう」
「おー」
 そのままこちらを見て、一言。
「あ、大丈夫よ。日常茶飯事レベルやないから」
「いやいやそんな問題か!?」
「そんな問題。さ、ご近所さんに見っかる前に入ろうか」
 姉弟は家に上がるとそのまま二階へと上がっていった。
「んー。パソコンの部屋でえっかな?」
「やな。ねーちゃんの部屋、足の踏み場もないしな」
「えー。足の踏み場っつうか通り道はあるよ。ひたすら散らかってるだけで」
 そんな事を言いながら、ミレイは階段を上って左側にある部屋に入って行った。覗き込めば、入り口の半分に既に何かの書籍が積み置かれていて、狭い。机の上には、土砂崩れを起こしそうな程に色んな何かが積み上がっている。
「あ、アルセウスさんはこっちで。姉は上着を部屋に置いたら来ますから」
 ミレイの弟が手招きしているのは、階段を上がってまっすぐ進んだところにある部屋。そこはあまり物のない部屋で、正面にテレビがある事だけが分かった。
 階段の右側にも部屋があったが、その扉は閉ざされていた。
「……オレは?」
「どっちでも好きな方にどーぞ」
 明らかに何かを期待しているような食えない笑みで言って下さるミレイの弟。こいつはウタタの同類かもしれない。
 だが、せっかく機会をくれたのだからと、それに乗っかる事にした。


※鍵の下りは省略するかもしれません。よく考えたら合鍵ネタとか書いた事あるし。

 ぶっちゃけて、まさかミレイの家族からそう言われるとは思っていなかった。
「連れ帰る? ……トキワにか?」
「他にどこに連れ帰れっつーんですか。嫌ですか?」
「嫌じゃねーよ!」
 そこは即答できる。しかし、何でまた……?
「良い事教えてあげましょうか。実はですね」
 ミレイの弟は、姉を見た。
「姉がいなくなって、帰ってきた事。俺とあと二人しか、気付かなかったんですよ。しかもその二人だって、多分俺と同じ事言うと思います。是非とも連れ去ってしまえってね」
 ウタタも攫ってこいとか言うし、本当にどうなってるんだ。
「そのうちの一人には、グリーンさんも会った事と思うんですよね。ウタタっていう名前で登録してるトレーナーさんらしいんですけど。うちの姉がいなくなる前に音信不通になってて、やっと会えたって姉が喜んでましたから。ちなみにもう一人もネット上の知り合いらしいですね」
「は? ……お前んちの両親は? いないのか?」
「や、いるっちゃいるんですけど、気付きませんでした。いや、姉が帰って来た事、残念がってるかな。『姉』がいなくなった後も、姉の『影』が残っていたんです。とても几帳面で真面目で、遊びなどクダラナイと考える勉強一筋の影が。夢を持たない、人形のような……。でも、成績は上がったんで、親は喜んでましたよ。そこへ姉が帰ってきて……分かりますよね?」
 できれば分かりたくない。考えたくない、そんな事。
「じゃあ、友達はどうなんだよ?」
「姉は元々、自称引き篭もり族ですよ? 親しい友達、そんなにいなかったんじゃないですか。そっちに行ってからの姉は会うたんびに賑やかになっていってたし、きっとそっちでは友達ができたんでしょ?」
 聞けば聞くほどミレイがこの世界では幸せではないかのように聞こえてくるのは、こいつの話し方のせいなのか?
「帰ってきてからの姉、見てらんなかったです。夜な夜な部屋に引き篭もって、泣きじゃくって。影に合わせようとしてできもしない無茶して、フラフラんなって。やっと最近落ち着いてきたと思ったら、ゆうべ何か夢を見たとかで、また朝見たらドンヨリしてるし。だから気晴らしにっつってポケセン連れ出してきたんですけどね」
 反対側から引っ張られた気がして弟からその姉へと視線を移すと、ミレイがオレの服の袖をギュッと握りしめていた。それがまるで、「もう離さないで」と訴えかけているようで。
「なぁ。こいつ、わざわざオレの記憶いじってから帰ったんだぞ」
「変な所で繊細なんですよね~。巻き込みたくなかった、悩んでほしくなかったって、本人は言ってましたけど。俺からすれば、ばっかじゃねーの? ってなもんやさんですよ」
「だよなぁ。オレも見くびられたもんだ」
 こうなったら、本気で連れ帰る事を検討してやる。
「んじゃ、まずはアルセウスに聞いてみて……」
「あ、それはさっき聞きました。問題なし、と」
「……お前……図ったな?」

 ポケモンセンターから再び人混みを掻い潜り、駅へと案内してもらう。
 心に余裕が出てきたからだろうか、今では周りを観察する余裕もできた。ポケモンセンターから駅に向かうまでの道は若者をターゲットとする店が立ち並び、同じ年頃の男女で溢れ返っているのだが。
「なぁ、ミレイ」
「ん?」
「こっちの人間は、お前に限らず腕が細いな! マトモにボール投げれねーんじゃないの?」
 ミレイはきょと、と首を傾げ。
「だって、投げる必要性もあらへんやん」
 至極まっとうに、指摘した。
 ボールを日常的に投げる必要性なんて、ない。何故なら、ここには……。
「あ……。そっか、そうだったな」
 成程、こういう些細な点でも、変わってくるものなのか。ポケモンがいないという事は。
 ミレイの斜め前を歩くミレイの弟なんか、本当に細い。そして、高い。
「ま、むぅみたいなんはそれでも痩せすぎやけど。こういうのをモヤシという。身長だけしかないんよね。何ぼやっけ? 172?」
「ちゃうし。180はあったと思う」
「ほら。リィちゃんは今なんぼやろなー。わたしが164あって相変わらずの身長差やから、170はあるやろうけど」
 確か、オレが知るミレイの身長は160cmそこそこで、オレも170cmには到達していない筈だった。まさかあっさり170cmの壁を突破する日が来るとは……。
 ……複雑な気分だ。
「ほな、わたしは定期あるし……わたしがこん二人の電車代出せば電車代ちょうど半分ずつやな?」
「だな。俺は帰りも自分で出すわ」
「あんがとー。ってか、珍しいよね」
 ミレイは弟の肩に掛けられた鞄を軽く握った。
「うち来る? なんて言うのはわたしじゃなかったっけ? んで、むぅちゃんが呆れてなかったっけ?」
「失敬な。俺かて友達呼んできてるっつの」
「うーん……」
 相変わらず微妙な顔の姉を振り返り、弟は苦笑した。
「眠いから、思い出せないんやろ? 電車の席確保したら、寝ーや」
「えっ、寝んの!? 今わたしテンション高いのに!?」
「つーか、寝ろ」
「命令形!? むすけ酷す!」
 そんな仲の良い会話を繰り広げつつ、二人は切符を買った。
 この世界のお金が、また興味深かった。硬貨や紙幣なんて、実際に使われているのを見るのは初めてだ。
 渡された切符で改札を通り、これまた殺人的に人口密度の高い電車に乗り込み……この混雑の中でどういう魔法を使えばそうなったのか、ミレイはちゃっかりと彼女のみならず俺の分の座席まで確保なんかしていて。
 リニアよりも揺れる電車が動き出すと、ミレイはコックリこっくり舟を漕ぎ始めた。眠いのだという弟の言葉は正しかったらしい。
 彼女がもたれかかって来たのをそのままにさせながら見上げれば、まだ座席を取れずに前に立っているミレイの弟とアルセウスが、何やら深刻な表情でぼそぼそと何事かを相談していた。
「グリーンさん」
 何駅か過ぎて、人が減った頃。逆隣りに座席を確保したミレイの弟が、真剣な顔で話し掛けてきた。
「グリーンさんは、姉を追いかけてこっちまで来たんですよね?」
「追いかけてっつーか……まぁ、結果的にそうなるかもな」
「姉の事、好きですか」
 彼は真剣だった。だから、オレも、退けなかった。
「ああ。好きだ」
「本当に? 姉の人生に責任持てるくらいに? こう言っちゃなんですが、グリーンさんモテモテでしょう」
「遊びで好きになったんじゃねーよ」
 オレの返事を聞くと、彼は表情を緩ませた。
「それならお願いがあるんです。姉を、連れ帰ってやってくれませんか」

「……あ、そうなんや」
 ミレイが何を言ったのか、青年は気が抜けたように返事した。
「でも、俺が聞いてたんと歳違うけど?」
「そこは、わたしっちゅう前例あるし」
「そっけ。あ、ねーちゃん先飲む? 水やけど」
 青年は持っていたペットボトルをミレイに渡すと、オレに軽く頭を下げた。
「何か勘違いしてたみたいですんません。弟です。姉が超お世話になったそうで」
「あ、ああ。でも、何て呼べば良いんだ?」
「そーですねー」
 ミレイの弟は、腕を組んだ。
「はね、とか、とり、とか。もしくはオウムとか」
「オウムやからむぅちゃんね。ちなみに本名は満」
「こらねーちゃん。人のプライバシー勝手にばらすなし」
「更にちなみにわたしはここではミスズです」
「いや、そーゆー問題じゃねーし」
 姉弟はポンポンとテンポ良く喋る。
「えーと、で、リィさんも、よくこんな所来ましたねー。っていうか、来れましたね」
「ああ。アル……じゃなくて、碓井に連れてきてもらった」
 二人は顔を見合わせた。
「……どう考えてもアルセウスやよね」
「どー考えてもアルセウスだな」
「リィちゃん、その、えーっと……」
「碓井さん」
「サンクスむぅ。碓井さんは、どこにおんの? 呼んでこなくてええん?」
 そういえば、彼は今、どこにいるのだろう。まだ店内にいるのだろうか。
「会えたようだな」
 あまりにもタイミング良く、背後からアルセウスの声が聞こえてきて、危うく飛び上がりそうになった。
「リィちゃんを成長させたのは碓井さんですか?」
 ミレイがごく普通の調子で尋ねている。
「ああ。ウタタがそう頼んできた。身長的にも外見年齢的にも釣り合わせた方が良いだろう、とな」
「そーいやターちゃんとはオフ会やった事ありました……」
 苦笑いする姉を後目に、弟も口を開く。
「俺も一つ聞いて良いですか。ここには、どれくらいいるつもりなんですか? まさか、即帰ったりしませんよね?」
「ふむ。目的は達成したし、あまり長居するつもりはないのだが」
 アルセウスに対して、彼は淡々と続けた。
「じゃあ、一旦うちに遊びに来ます? 今日ならちょうど、親も出掛けてるんで」

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