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ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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 渡された一枚のカードを前に、ミレイは難しい顔で考え込んでいた。
 とうとう、渡されてしまった。イッシュ地方への招待状。
 別に、行きたくなければ、これは断っても構わないよと、ウツギ博士は言っていた。
 一度イッシュまで足を伸ばしてしまえば、暫くは帰ってこられないだろうから、と。
 イッシュ地方に行くには、今まで一緒にいたポケモン達と、別れなければいけないらしい。通信設備が整っていなくて、ポケモンの通信輸送がまだできないのだそうだ。
 まだ考えさせて欲しいと、返事はしたが。
 招待状の期限は、9月18日。
 今日は……7月31日。
 残された時間は、意外と少ない。

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 その日は記録的な大雨で、まるで梅雨が最後に悪あがきをしているかのようだった。
「……ルゥ?」
「せやね。今日はやけに光ってんね」
 ミロカロスのルージュが鞄をつつく。ミレイはそれに相槌を打った。
 鞄の布越しにも分かる青い光。藍色の玉は、何かを訴えかけるかのようで。
「今日はまた綺麗な色やな?」
 彼女は鞄から玉を取り出すと、そう言った。

この箱庭のような世界で 生きていくと決めた 死ぬと決めたの
たとえこれが 楽園に見せかけた牢獄なのだとしても
だから未来は要らない そして過去も捨てたような私には
今があれば良い そう今だけをただ望むの

今を守るために その今さえも捨ててしまえる
揺らぐ今なんて要らない 確固たる今が欲しいの
可能性があるのならば 私はそれを潰して回ろう
たとえそのせいで 何より大切なものを失ったとしても

この箱庭のような世界で 生きていくと決めた 死ぬと決めたの
たとえウワベだけのマヤカシであっても 私にとってここは楽園に違いないから
もう過去には戻れない でも変化ある未来は望まない
私は今ここに居たいの 今ここに居れればそれで良いの

この箱庭のような世界で 生きていくと決めた 死ぬと決めたの
敷かれたレールを歩くのはもう終わり
さあ トンネルを抜けた向こうには 何がある?
あの光の向こうに続くのは 希望なのか 絶望か

「いや、どっからどう見たって、あんたむぅちゃんに勝たれへんし」
 とてつもなくあっさりと、あっけらかんと、ミレイは言ってのけた。
「何でだよ? やってみなきゃ分かんねーだろ?」
 声に不機嫌さが混じるのは仕方がない。それだけの自負と、実力がある。
 しかしミレイは、あろう事か、噴き出した。
「やってみるも何も、いや、普通に無理! っつか、勝てたって、何の意味もないし! あ、いや、やっぱ男の子はそんなん気にするんかなー」
「……は?」
 何かが噛み合っていないと、ほのめかすようなその言葉。
 ミレイはものすごく顔をにやけさせながら、言った。
「だって、あんた身長180もないやろ? むぅちゃんは185オーバーやで? やから、むぅちゃんの勝ちやね!」
「……そ、それは、負けた…っ。てか、ポケモン勝負じゃねーのかよ!?」
「あははっ、勘違いっぷりがまた笑える! 価値観の違いって怖ぇー!!」


 想定している相手が複数いるので、未選択扱いで。

「あ、ねーちゃん。帰ってきてたんや」
「一瞬だけな」
 机の引き出しを漁っているミレイに、満が声を掛けた。
「一瞬か。なら問題ないな。ミスズは買い物の荷物持ち行った。多分、30分くらい帰ってこんやろ」
「情報サンクス。それだけありゃば、十分探せると思うわ」
「何探してるん?」
「ルゥルゥに貰ったネックレスとか。文通した手紙とか。一部の服とか。USBメモリとか」
「ちょい待てぃ」
 姉の大胆さに、弟は呆れた。
「服はアカンやろ、服は」
「でも、古着袋に入れられてんで? やっぱ、地味じゃないからやろなー。あとはサイズの問題とか」
「あー。そういや、この前大掃除してたな……。それならなくなってても問題ないか。攻略本はどないする?」
「どないしょっか。むぅちゃんが使うなら、こっち置いとくで。ってか、ミスズは遠慮無く捨てそうやから、むしろレスキューしとけば? むぅちゃんが使わんのなら、うちが回収しとくかな」
 色々と物色する姉に、弟は尋ねた。
「ねーちゃんは、向こうで暮らすんか」
「んー、せやな。基本的に、あっちにおよう思てるよ。既にミスズがここにおる。なら、あんたの事以外、何も心配せんでええ。ま、それが一番の難題やねんけどなー。でも、ま、好きな時に遊びに来れるし」
 『戻って来る』とは言わず、『遊びに来る』と言った彼女は、本気だろう。
「……俺もそっち行きたいなー」
「遊びたい放題やからか? うーん、どうなんやろな。また今度、聞いてみよか?」
「わざわざ聞かなあかんのなら、ええわ」
「そっか」
 荷物を山と抱えた姉は、何の気負いもなく、普通に別れのあいさつを告げる。
「んじゃ、うちはそろそろ戻るわー。また遊びに来る」
「そういやねーちゃん、どこに住んでんの?」
「ん? まだ住所不定無職」
「……荷物大丈夫かよ」
「ポケモン世界なめたアカンで。何でもかんでも入る無敵バッグがデフォな世界やで?」
「そういやそーだったな。んじゃ、また」
「ん。週末にでも喋りに来るわ」
 今度こそ、姉は姿を消した。まるで幻か何かのように。

 夢を、見ていた。
 珍しく、夢だと分かっている夢だった。

 机と椅子が並ぶ部屋。
 子供達が、騒いでいる。
「鬼ごっこせえへん!?」
 誰かの声に、我先に賛成して部屋を飛び出す子供達。
 けれど、一人の少女が席から立ち上がった途端、彼等はすっと彼女を避けた。
「音羽さんは来ぉへんよね~?」
 女の子達はキャハハと無邪気に残酷に笑いながら。
「うわー、寄ってくんな! 音羽菌が移るっ!!」
 男の子達は心底嫌そうな顔をしながら。
 音羽と呼ばれた少女は、悔しそうな、悲しそうな顔をする。
 けれど、彼女には、何も出来ない。

 机と椅子が並ぶ部屋の隅で、一人本を読む少女。
 二つに括られた黒い髪、丸縁の眼鏡。
「皆でドッジボールしようやー!」
 部屋にいた子供達が、はしゃぎながら出て行く。
 けれど少女は、本から目を上げない。
 ――否。
 他のクラスメートが全員去って、彼女はようやく扉を見た。
 年に似合わぬ、光に乏しい昏い瞳で。

「よーし、学級会を始めんで! 今回は、悲しい事に、このクラスで音羽が仲間はずれになってるみたいやからな。皆で反省会や!」
 机と椅子の並ぶ部屋で、中年の男性が、そう言った。
 髪を後ろで一つに括り、年の割に度の入った眼鏡を掛けた少女は、それを聞いて表情を硬くした。
「さぁ、そこの端から一人ずつ、音羽の悪い点を言っていこうか。彼女に反省してもらわなあかんからなぁ!!」
「音羽さんは暗すぎるー」
「音羽さんは自慢Cで嫌なんです」
「音羽さんは口うるさい」
「音羽さんはすぐ怒る」
「音羽さんはすぐ泣く」
「音羽さんは協調性がありません」
「音羽さんは汚い」
「音羽さんはいい子ぶりっ子」
「音羽さんは自分が勉強できるからって偉そう」
「音羽さんは自己チューです」
「音羽さんはワガママー」
「音羽さんは汚わらしい」
「音羽さんはとにかく悪い子」
「音羽さんは……」
「音羽さんは……」
 聞いていた少女はやがて肩を震わせ、涙を零す。
「ほら、先生! 音羽さん、また泣きました!」
「先生、音羽さん、本当の事言われたからってすぐ泣きすぎです!」
「そうだな、音羽! 泣くなんてみっともないぞ! 皆、お前のためを思って言ってくれてるのに、何だその態度は!!」
 むしろイジメを解決すべき先生がイジメを促進する教室で、少女はしゃくりあげながら、ごめんなさいと繰り返し呟く。
 だが、周りは、声が小さいと囃し立てた。

「あんたが悪い子だからよ!」
 少女の母親はヒステリックに叫ぶ。
「何であんたは、もっと良い子でいれないの!!」
 けれども、何が良い子なのか、最早少女には分からなくなっていた。

 人の輪から離れ、冷めた目でその集団を眺めている、髪を一つに括り、眼鏡を掛けた老け顔の少女。
 周りの集団よりも、十も二十も老けて見える。
 彼女は、決して集団に深入りしなかった。
 周りも、彼女の事は無視した。

 少女はたまに集団に属する。
 けれども、どうしても、途中で馴染めなくなる。
 いつの間にか、孤立する事が普通になった。
 彼女に手を差し伸べる人は僅かで、彼女もそれが普通だと学んでいた。

 所詮、人間なんて。わたしなんて、そんなもの。
 期待などしなければ、そういうものだと割りきっていれば、傷は浅く済む。

 なのに。
 どうして。
 夢の場面は切り替わる。

「大丈夫!?」
 どうして見ず知らずの『汚い』人間を心配する?

「おはよう。よく眠れたかい?」
 どうして、わたしに笑顔を向けることができる?

「くれぐれも、無茶はしてはいけませんよ」
 どうしてそんな温かい言葉を向けてきたりする?

 見知らぬわけではないけれども、異世界に来てから。
 得体のしれない人間相手に、会う人会う人、皆が。

「ヒノ!」
 すり寄ってくる、小さな生き物。
 あなたは、わたしなんかと一緒にいたいの?

 ああ、どうしよう。
 ここの住民は、皆、優しい。
 優しくて、温かくて、だから余計に。

 どちらが夢でどちらが現実なのか、分かりたくない。
 この世界は、どうか『平和』なままであれと、ただそれだけを願って。

 ああ。
 わたしはここで、何が出来るだろう。

 背伸びして、背伸びして、けれど心の成長は止まったままだった少女は、ようやくその歩みを再開する。
 聞き分けのよく、諦めの良い仮面は分厚いけれど。
 でも、たまにはその仮面を外してみても、ここならきっと許される。

 夢の世界から思考の世界へ、意識が移り変わっていく。
 目が覚めるのは、きっともうすぐ。

* * *

 ミレイが性格にかなり幅があるのは、こういう背景があるからですね。
 本来はオープンで、人付き合いも好きな子です。ただ、こういう事があったので、怖がっています。
 人と付き合わなければ、人付き合いが上達する筈もありません。
 彼女の大人びた諦観と幼子のような甘え方のギャップを理解する手助けとなれば。

「要するに、学校の定期試験と一緒」
 彼女は、そう言った。
「約一名の例外除いて、全員、タイプが決まってる。しかも、公言してる。つまりこれは、しっかり対策しろということ」
 彼女は一息ついて、それに、と続けた。
「多分、挑戦者側のバッジの数で、ジム側のポケモンのレベルに制限掛けられてるんちゃうんかなぁ。ジムリ達本人は、気付いてないにしろ。やから、これはもう、完全に学校の定期試験。ポケモントレーナーとしての強さの指標としては、わたしはアテにしようとは思われへんな。そりゃ、最後の方に一人だけ、様々なタイプを使う……実力テストみたいなんはあるけどさ。そこまでクリアしてるかが、問題。最後までクリアしたかが、問題。しかもそれかて……わたしみたいなんがおったら、どこまでアテになるかって話やね」
 それはまるで、彼女が普通でないことをしたかのように。そして彼女はそれを、肯定する。
「ん、まぁ、せやね。わたしはカンニングみたいなもんできたからね。ポケモントレーナーとしては、わたしはあんまり強ない。もっと頭が回って、もっと強く華麗に戦える人達、いっぱい知ってる。要するに、そういうこっちゃ。ジム戦レベルは、情報戦かもしれんってこっちゃね」

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