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ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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「おい、こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
 グレン島にて、ミレイがレジャーシートを広げた上に寝転がっていたので、グリーンはそう声を掛けた。
「むうぅ。寝てへんもん。お空見てただけやもん」
 ミレイは口を尖らせて、反論する。確かに彼女は仰向けに寝転んでいるので、空を見上げていると言われれば、そう取れなくもない。
 しかし、ミレイは、自らの身体の弱さを自覚していないのだろうか。
「そんな、レジャーシート持ち出すくらいならさ……。せめて毛布も出すとか、寝袋にするとか」
 夜の冷え込みだけの問題ではない。グレン島はゴツゴツしている。それはそうだ。未だ、溶岩の固まった岩ばかりが転がる、味気ない大地。薄いレジャーシート越しでは、さぞかし頭や背中が痛かろう。
 だが、グリーンの心配などどこ吹く風というように、ミレイはきっぱりと言い返した。
「ヤや。んな事したら、寝ちゃうやんか」
「ったく……。今夜は何かあるのか?」
 あまりにもきっぱりとした口調だった為、結局はグリーンが折れる形となる。呆れたような彼の質問に、ミレイは割とあっさりと答えた。
「ん。お空に捜し物」
「捜し物……?」
 夜に、空を見上げて、捜し物。天気は、今夜も晴れ。三日月は既に沈み、星がよく見える。
 自分なら、何を探すだろうか。グリーンは思いを巡らせる。導き出した答えは我ながらロマンチストなものだとは思ったが、ミレイはナーバスな時のグリーンの話にも真面目に相槌を打つような一面がある。
「おい、まさか流れ星探そうとかしてないだろうな」
「え、よぅ分かったね? 何で分かったん? やっぱ、お見通しなん?」
「はぁ……。まぁ、お前の考えそうな事だからな」
 目を丸くしながらグリーンを見ていたミレイは、「ふにゅう」とやり込められた時のような声を上げた。どこか拗ねたように、ぷいっと空に視線を戻し、ことさらに強い声を出す。
「ま、そんな訳やから。寝てるんちゃうからね」
 グリーンは敢えて返事をせず、自分もレジャーシートの上、ミレイの右隣に寝転がった。
「うにゃっ!? え、ちょ、リィちゃん! 狭いやんか!!」
「二人で探した方がはえーだろ。それに、この時期はまだ冷え込むんだぜ?」
「はうぅぅ……」
 ミレイは更なる反論を見付ける事ができないようで、困惑しきった声を出す。
「ほら、ちょっと頭上げろ。腕貸してやるから」
 返事も待たずに無理矢理腕枕をしたら、ミレイは小さな声で呟いた。
「ホンマ、ありがとね……」


「……」
 ミレイは、ふと隣を見た。
 グリーンは、すうすうと、寝息を立てている。
 未だに野良トレーナーのミレイと違い、グリーンはジムリーダーとしての勤めを(たまにサボってはいても)概ね真面目にこなしている。疲れていたって、無理はない。
 ミレイは暫く、普段なら恥ずかしすぎて直視できないような至近距離から、トキワのジムリーダーの端正な横顔を鑑賞していた。
 それから彼女はそっと身体を起こし、荷物から毛布を取り出す。だが生憎、毛布はまだ一枚しか持っていない。
 ミレイは、そっと深く息を吐いて吸うと、夜空を見上げた。
 と、まるで図ったかのようなタイミングで、一筋の光が、横切っていく。
「……あっ」
 思わず声が出て、ミレイは首をすくめると、恐る恐るグリーンを見た。
 良かった。起こしていない。
 流れ星が流れている間に三回願い事が言えれば、その願い事が叶うとよく聞くけれど、ミレイが最初に聞いた話はそうではなかった。別に三回も願い事を言う必要はない。一回でも願えれば、それで幸せが訪れるのだと、聞いていた。
 何を願ったのかは、彼女のみが知ること。ミレイは名残を惜しむかのように、もう一度夜空を見上げる。
 そして、再び深呼吸した彼女は、意を決してグリーンにしがみつく形で寄り添い、二人で一枚の毛布を分け合ったのだった。

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「おい、こんな所で寝てたら風邪ひくぞ?」
「むうぅ。寝てへんもん。お空見てただけやもん」
「そんな、レジャーシート持ち出すくらいならさ……。せめて毛布も出すとか、寝袋にするとか」
「ヤや。んな事したら、寝ちゃうやんか」
「ったく……。今夜は何かあるのか?」
「ん。お空に捜し物」
「捜し物……? おい、まさか流れ星探そうとかしてないだろうな」
「え、よぅ分かったね? 何で分かったん? やっぱ、お見通しなん?」
「はぁ……。まぁ、お前の考えそうな事だからな」
「ふにゅ……。ま、そんな訳やから。寝てるんちゃうからね」
「……」
「うにゃっ!? え、ちょ、リィちゃん! 狭いやんか!!」
「二人で探した方がはえーだろ。それに、この時期はまだ冷え込むんだぜ?」
「はうぅぅ……」

「……やっぱ、ここの風の音、好きやな。すまんね。こんな何もないとこ来ちゃって」
 それなりの大きさの岩にちょこんと腰掛け、彼女は岩の前に佇むカイリューに謝った。
 カイリューは首を傾げたあと、足元の石をコロコロと転がして遊びだす。
 彼女は暫くそれを見ていたが、やがて顔を上げ、軽く目を瞑った。

「……ん?」
 いつもは誰もいない筈の場所に、カイリューがいた。
 トレーナーを探すと、近くの岩に腰掛け、目を閉じた少女の姿。
 その姿には見覚えがある。この前、久しぶりに負けてしまった相手。ジムに挑戦してきたジョウトの元チャンピオン。名前は……ミレイ、と言ったか。
 最初にここで会った時はミロカロスを連れていて、バトルの時にもカイリューは見なかった。だからパッと分からなかったのだ。
 こちらに気付いたカイリューが、威嚇するような唸り声を上げる。
「リュウガ?」
 彼女が呟いた。閉じていた目を開け、一拍置いて。
「あ、グリーン君か。ごめん、お邪魔してます」
 彼女は謝り、座っていた岩から飛び降りた。
「よっこいせ……っと」
 パタパタとスカートを払い、未だに威嚇を続けるカイリューを見上げ。
「リュウガ、やめ。勝たれへん相手に喧嘩を売れって教えた覚えはないで?」
 カイリューは、大人しくなった。
 それを確認してから、彼女はぺこりと頭を下げた。
「うちの子が変に警戒しちゃってすみません」
「あ、ああ。気にしてねえから」
「それなら助かります。ではお先に失礼」
 少女は再びぺこりと頭を下げる。
 そのまま『空を飛ぶ』でどこかに行くかと思いきや、彼女はてくてくと崖に向かって歩き出した。カイリューを後ろに従えて。
 やがて彼女は崖に着くと、そこに腰を下ろし、海を眺め出した。カイリューは再び、そこらに転がっている石で遊び始める。
 彼女は何を見ているのだろう。それはほんのちょっとした好奇心。
 そういえば、初めて会った時は、彼女が自分の見ていた光景を気にして、近付いてきたんだっけか。
「何かあるのか?」
「んー……。波の音が混じるのも、なかなかオツなものやと思いませんか」
 隣に立って訊ねたら、よく分からない返事が返ってきた。
「波の音?」
「はい。グレンの風の音に、波の音。わたし、ここの音楽好きやなー……」
 恐らく後半は彼女の独り言だろう。
 グレンの風の音? 音楽?
 ――♪
「……?」
 今、何か音がしなかった、か?
 ――♪ ♪♪♪ ♪ ♪♪♪ ♪ ♪
 柔らかくも物悲しい二重奏の調べ。確かに聞こえた。
 ミレイはただ、座っている。今度は離れるように立ち退く訳でもなく、かといって何かを言ってくる訳でもなく。
 潮風に吹かれながら静かに海を見詰める少女の横顔は、まるで一枚の絵画のようだった。
 お互いに言葉はない。それでも。
 この空気は、嫌じゃなかった。

 グレン島には、今日も優しい風が吹く。

「あのねぇ、リィちゃん」
 グレンの山の頂を見上げ、ミレイは言った。
「わたし、この世界、大好き。こっちで暮らそうって決めたくらい、好き」
 彼女はたまに、『世界』などという大層な単語を使う。
 そこに深い意味があるなんて、今まで考えた事はなかった。
 そう、それは単に、彼女の口癖の一つだと思っていたんだ。
「……たとえ元の世界に二度と戻れなくなったって、こっちにいるって決めてん。まぁ、結局、たまに里帰りさせてもらってんねんけどね」
 その言葉の意味する事が、すぐには飲み込めなくて。
「今はまだ、むぅちゃんやルゥルゥがいるからね。でも、いつか『ミレイ』は向こうの世界から完全に忘れ去られて……あっちは『ミスズ』が生きていく場所になるんやろな」
 ミレイの表情が気になるのに、彼女はこっちを向かない。オレの視線を避けるように、ただ山の頂を見据えたまま。

「そーいや、お前さぁ」
「んにゅ?」
「おやつ頻繁に食べてるけど、量少ないよな」
「うーん、そっかな?」
「ちゃんと飯も食ってるのか? ってか、もっと食え」
「命令形すか」
「当たり前だ」


 お前は抱き上げたら嘘みたいに軽くて、ちょっと抱いただけでも壊れてしまいそうで、怖いんだよ。


「リィちゃん……」
 グレン島にはゴロゴロと転がっている大きな岩の上にちょこんと腰かけ、美味しい水を飲みながら、ミレイがふと言った。
「何だ?」
 飲んでいるサイコソーダの缶を見ながら、答えた。
 少し、声が上擦ってしまったかもしれない。最近は、ウタタとかいう、ミレイの知り合いらしい謎の凄腕トレーナーに、「ミレイちゃんの事好きだろ!」とからかわれ続け、どうにも緊張してしまう。
 オレがミレイの事を好いている? 確かに彼女は友人としては仲の良い相手だ。だからと言って、どうしてそれが好きにつながるんだ!?
「うーん……。何か、今度リィちゃんに会ったら言っときたいなーって思てる事あってんけど……。あ。そうそう」
 ミレイは美味しい水のペットボトルを口から離すと膝に置き、こっちを見ながら、とんでもない事を言い出した。
「リィちゃんって、もしかして、ターちゃんの事好きなん?」
「ぶっ!!?」
 ターちゃん……ウタタを? オレが!?
 ミレイ以上に、ありえねえ!
 思わず、口に含んでいたサイコソーダを噴きかけた。そして、むせた。
 炭酸飲料を噴くと、本当に鼻が辛いという事を実感した。
「あ、大丈夫? 背中叩こか?」
 トントントン。叩いてくれるのはありがたいが、正直それどころじゃない。
「げほげほっ! い、いきなり何を言い出すんだよ!?」
「え? やって……リィちゃん、ターちゃんと話してる時は表情くるくる変わって楽しそうやん」
 正直、あれが楽しそうに見えるミレイの目をちょっと疑った。確かに楽しそうだろう……ウタタは。オレは疲れるばかりだが。
「あのなー……」
 否定しようとした矢先に、遮るようにして、ミレイは話し始める。
「でも……ターちゃんは、ミハルさんと既に付き合うてるし、やっぱミハルさんといる時が一番嬉しそうやと思うんや。ミハルさんの話してる時も嬉しそうやし……。やから、ちょっかいは程々にしといた方がお互いの為やと思うで。わたしはターちゃんに、二股とかして欲しないしな」
「だーれがあいつと! オレが好きなのはウタタじゃねーよ!! そういうお前は、むぅちゃんとやらの話をしてる時が一番嬉しそうだな」
 頓珍漢な事を言うミレイにイラっときて、気付けば、刺々しい声が出ていた。
 この事は、言うまいと思っていたのに。むぅちゃん、という、謎の男の事を話しながら嬉しそうな顔をするお前を見るたびに、相槌を打ちながらも、何だか胸がモヤモヤするんだ。
 ……あれ? オレは何でこんなにイライラしているんだ? ミレイはただの友達、それ以上ではない筈だろう?
「あ、やっぱ分かる?」
 オレは一瞬で後悔した。
 ミレイは、それは幸せそうに、笑った。
「……お前は、『むぅちゃん』が好きなのか?」
 聞いてはいけない質問を、思わずしてしまうほどに。
「……。うんっ!」
 オレは追い詰められた気分になっていて、ミレイが一瞬黙り込んだのに気付かなかった。
「わたし、むぅちゃんの事だーい好き! 愛してる!」
 ああ。やっぱり、これは、聞いてはいけない質問だった。
「オレは帰るよ。このままだと、またお前のノロケを聞かされそうだしな」
「リィちゃん……?」
「じゃあな」
 ぐしゃりと、手の中で飲みかけのサイコソーダの缶が潰れる音がした。



「……」
 グリーンが立ち去るのを見届けた、ミレイの表情がすっと変わる。
 あんなに明るい顔をしていたのが嘘のように、今の彼女は無表情だった。
「……これで良い……。これで良いの……」
 顔を伏せたミレイの瞳から、透明な滴が零れ落ちる。
「わたしは、いつ突然いなくなるか、分からないんだから……」



彼女の呟き。』に続く。

「講座?」
 きょとんとした顔で、ミレイは鸚鵡返しに呟いた。
 トレーナー相手のポケモン育成講座をやってくれないかと、トキワジムのジムリーダー、グリーンに頼まれたのだ。
「ああ。手伝ってくれねえか?」
「うーみゅ……」
 グリーンからの頼み事であるのに、ミレイはあまり浮かない顔をしている。
 大勢の前で話すなど、やりたくないというのが本音だ。
 大体、何を話せば良いというのか。
「わたし、話せるような事ないで? タイプ相性とか、まだ覚え切れてへんし」
 それでチャンピオンまで上り詰めたというのだから、ある意味すごい。
「でもお前、ポケモン育てるのは得意だろ? オレもそろそろネタ切れでさ」
「うぅ~……。バイト代出るん?」
「それは経費で落とす」
 ミレイは頭を掻いた。
「……しゃーないなぁ」
 概ね、身内と認めた相手には甘いのがミレイである。
 彼女は渋々、講座の手伝いを了承した。


 将来的に使うかもしれないネタ。
 でも、使わないかもしれない。

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