ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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「グリーン君、実は割と頻繁にここ来てはるんですね」
出会った当初よりは少しばかりコガネ崩れした口調で、少女は言った。
「……お前も、随分ここが気に入ったみたいじゃないか?」
「まぁ、確かに好きですけど」
伏し目がちの少女は、そのままグリーンから視線を完全に外し、海に向けた。
段差に座り、足をブラブラと揺らす少女の膝の上に、よく育てられたエーフィが上る。
ゴロゴロと、甘えるように喉を鳴らし、少女の胸元に頭を寄せるエーフィ。少女もまた、エーフィの頭を撫でた。
「リーシャ。今日はまた随分、甘えたさんやね?」
暫く撫でても、まだ撫でられ足らないとばかりに身を寄せてくるエーフィを、少女は見下ろす。その表情は柔らかく、うっすらと笑みさえ浮かべ。
だが、彼女はふと顔を強張らせ、せっかく浮かんでいた笑顔もすっと消えた。切なげにエーフィを撫で、彼女は再び微笑んだが、今度のそれはどことなく歪に見えた。
「そうだ、お前」
ふと思い立って声を掛けると、彼女は顔を上げ、グリーンを見る。ただ、視線を合わせるわけではなく、ほんの少し、伏し目がちに。
「なぁにー? あ、じゃなくて、何ですか?」
「オレ相手に、わざわざ丁寧語使わなくていいぞ」
驚いたのだろう。少女は更に目を上げ、今度は完全に目が合った。
「はぇ?」
「つーか、むしろ使うな」
「……」
瞬きすら忘れてグリーンの目を覗き込んでいた少女は、パッと慌てたように目を斜め下に滑らせた。
「え……っと、でも。わたし、何歳に見えますか」
「まぁ、オレよりは下だろうな。でも、それ、地じゃねーだろ? ポケモン相手だと、もっと砕けてるよな」
「えーと、まぁ、確かに砕けてるかもしれないですけど……。うーん……」
「それに、最近崩れてきてるぜ? それだったらいっそ、完全に崩してくれた方が、オレも気が楽だ」
「え、マジですか。それじゃあ、次から心掛けます」
非難の意味を込めて少女をジッと見ると、彼女は少したじろいて。
「あー、うん。ごめん。気ぃ付けるように……すんね。リィ君」
何だか色々な意味で崩れた口調で、言い直した。
出会った当初よりは少しばかりコガネ崩れした口調で、少女は言った。
「……お前も、随分ここが気に入ったみたいじゃないか?」
「まぁ、確かに好きですけど」
伏し目がちの少女は、そのままグリーンから視線を完全に外し、海に向けた。
段差に座り、足をブラブラと揺らす少女の膝の上に、よく育てられたエーフィが上る。
ゴロゴロと、甘えるように喉を鳴らし、少女の胸元に頭を寄せるエーフィ。少女もまた、エーフィの頭を撫でた。
「リーシャ。今日はまた随分、甘えたさんやね?」
暫く撫でても、まだ撫でられ足らないとばかりに身を寄せてくるエーフィを、少女は見下ろす。その表情は柔らかく、うっすらと笑みさえ浮かべ。
だが、彼女はふと顔を強張らせ、せっかく浮かんでいた笑顔もすっと消えた。切なげにエーフィを撫で、彼女は再び微笑んだが、今度のそれはどことなく歪に見えた。
「そうだ、お前」
ふと思い立って声を掛けると、彼女は顔を上げ、グリーンを見る。ただ、視線を合わせるわけではなく、ほんの少し、伏し目がちに。
「なぁにー? あ、じゃなくて、何ですか?」
「オレ相手に、わざわざ丁寧語使わなくていいぞ」
驚いたのだろう。少女は更に目を上げ、今度は完全に目が合った。
「はぇ?」
「つーか、むしろ使うな」
「……」
瞬きすら忘れてグリーンの目を覗き込んでいた少女は、パッと慌てたように目を斜め下に滑らせた。
「え……っと、でも。わたし、何歳に見えますか」
「まぁ、オレよりは下だろうな。でも、それ、地じゃねーだろ? ポケモン相手だと、もっと砕けてるよな」
「えーと、まぁ、確かに砕けてるかもしれないですけど……。うーん……」
「それに、最近崩れてきてるぜ? それだったらいっそ、完全に崩してくれた方が、オレも気が楽だ」
「え、マジですか。それじゃあ、次から心掛けます」
非難の意味を込めて少女をジッと見ると、彼女は少したじろいて。
「あー、うん。ごめん。気ぃ付けるように……すんね。リィ君」
何だか色々な意味で崩れた口調で、言い直した。
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その日も、グレン島にはミレイがいた。
ジョウト出身というのは実は嘘で、グレン島から避難していた、元グレン住民なのではないかと疑われてもおかしくないくらいには、彼女はよくグレン島に来ていた。
まぁ、それは、マサラ出身でトキワに勤めるグリーンにも言える事なのだが。ただ、何となく、何かに惹かれるようにして、ここに顔を出してしまうのである。
この頃は、グリーンは、その理由については考えないようにしていた。
大きな風音に気付いてか、ミレイがグリーンの方を振り返る。そして、ふわりと、笑顔を浮かべた。
一瞬、その笑顔が、今までに見た事のないようなものに見えた。いつも最初はどこか遠慮がちで、出会い頭からまっすぐ相手の顔を見る事の少ないミレイが、明らかにグリーンを見て、そして、彼に向かって、笑ったような錯覚。
「あ、リィちゃん」
瞬き一つの間にミレイはいつものように目を伏せ、そしていつもと同じようにそれだけを言うと、口を噤む。
「何か良い事でもあったのか?」
「んー? どーやろなぁ」
何か二言三言交わせば、ミレイはグリーンを見上げる。それは、最近ではいつもの事。
前回、何か酷い事を言われた気がするのに、それが嘘なのではないかと思いたくなる。
グリーンは、まだ、多くの事に気付かないでいた。
ジョウト出身というのは実は嘘で、グレン島から避難していた、元グレン住民なのではないかと疑われてもおかしくないくらいには、彼女はよくグレン島に来ていた。
まぁ、それは、マサラ出身でトキワに勤めるグリーンにも言える事なのだが。ただ、何となく、何かに惹かれるようにして、ここに顔を出してしまうのである。
この頃は、グリーンは、その理由については考えないようにしていた。
大きな風音に気付いてか、ミレイがグリーンの方を振り返る。そして、ふわりと、笑顔を浮かべた。
一瞬、その笑顔が、今までに見た事のないようなものに見えた。いつも最初はどこか遠慮がちで、出会い頭からまっすぐ相手の顔を見る事の少ないミレイが、明らかにグリーンを見て、そして、彼に向かって、笑ったような錯覚。
「あ、リィちゃん」
瞬き一つの間にミレイはいつものように目を伏せ、そしていつもと同じようにそれだけを言うと、口を噤む。
「何か良い事でもあったのか?」
「んー? どーやろなぁ」
何か二言三言交わせば、ミレイはグリーンを見上げる。それは、最近ではいつもの事。
前回、何か酷い事を言われた気がするのに、それが嘘なのではないかと思いたくなる。
グリーンは、まだ、多くの事に気付かないでいた。
「……ああ」
ミレイは、カイリューのリュウガの背の上で、息を吐いた。眼下に見下ろすは、トキワの街。
普段、下など怖くて見下ろさないし、見下ろしたくもないが、今日この時だけは特別だった。
「ただいま」
愛おしげに囁く彼女の視界が、ぼやける。風にさらわれ、透明な滴が舞った。
「ミレイちゃん!」
ポケモンセンターの前に降り立ったミレイは、やはり泣きそうなその声に、振り返った。
「ターちゃん……! もしかして、ずっと待ってたん?」
「一週間は待つって決めてたの。帰ってくるなら、絶対トキワだろうから。今から、ジムを覗きに行くんでしょ?」
「……相変わらず、お見通しやな」
泣き笑いのような表情で、ミレイは照れた。
「入口から、顔だけ見んの。そしたら、すぐ戻ってくる。もう、それ以上の事はできへんけど……」
一瞬、その笑顔にすっと影が差す。
「でも、それでもええの。それでも、わたし、ずっとずっと、幸せやもん」
「ミレイちゃん……?」
ウタタの訝しげな声が聞こえていない筈はなかろうに、ミレイは聞こえていないようにジムに走り出した。
「んじゃね、ターちゃん! すぐ戻ってくる!」
「おー。おるおる」
ジムに入ったミレイに、殆どの人が気付いていない様子だった。
それも当然だ。ジムリーダー含めほぼ全員が、トキワジムを突然訪れた伝説のトレーナーしか目に入っていない。
「……あっ」
ただ、流石にジムの入り口を守るトレーナーと。
「……」
注目の的になっている伝説のトレーナー本人は、彼女に気付いた。
ミレイは口元に人差し指を当てる。そしてすぐに踵を返し、ジムを出て行った。
「レッド?」
「……この場合、何でもないって答えた方が良いのかな?」
「何だよ、気になるじゃねーか」
「彼女が、来てた」
「は?」
グリーンがジムの入口に目をやるも、そこには既に誰もいない。
「……誰が?」
「そういえば、彼女の名前、聞いてなかったかも」
グリーンが、またお前は……などと説教を始めるのを聞き流しながら、レッドは先程の少女に思いを馳せる。
この一日にも満たない時間で何があったのか、追い詰められたような気配は消え去り、むしろ憑き物が落ちたような笑顔でこちらを見てきた彼女。彼女を追い詰めていたのは、何だったのだろう。自分を超えたその先に、一体何があったのだろう?
「うん、良かった。これで、後は、自業自得なんしか残ってへん」
ミレイは笑顔で呟く。
「さっ、またポケセン戻って、今日は早めに寝よか!」
もう、夢に怯える必要はない。
ミレイは、カイリューのリュウガの背の上で、息を吐いた。眼下に見下ろすは、トキワの街。
普段、下など怖くて見下ろさないし、見下ろしたくもないが、今日この時だけは特別だった。
「ただいま」
愛おしげに囁く彼女の視界が、ぼやける。風にさらわれ、透明な滴が舞った。
「ミレイちゃん!」
ポケモンセンターの前に降り立ったミレイは、やはり泣きそうなその声に、振り返った。
「ターちゃん……! もしかして、ずっと待ってたん?」
「一週間は待つって決めてたの。帰ってくるなら、絶対トキワだろうから。今から、ジムを覗きに行くんでしょ?」
「……相変わらず、お見通しやな」
泣き笑いのような表情で、ミレイは照れた。
「入口から、顔だけ見んの。そしたら、すぐ戻ってくる。もう、それ以上の事はできへんけど……」
一瞬、その笑顔にすっと影が差す。
「でも、それでもええの。それでも、わたし、ずっとずっと、幸せやもん」
「ミレイちゃん……?」
ウタタの訝しげな声が聞こえていない筈はなかろうに、ミレイは聞こえていないようにジムに走り出した。
「んじゃね、ターちゃん! すぐ戻ってくる!」
「おー。おるおる」
ジムに入ったミレイに、殆どの人が気付いていない様子だった。
それも当然だ。ジムリーダー含めほぼ全員が、トキワジムを突然訪れた伝説のトレーナーしか目に入っていない。
「……あっ」
ただ、流石にジムの入り口を守るトレーナーと。
「……」
注目の的になっている伝説のトレーナー本人は、彼女に気付いた。
ミレイは口元に人差し指を当てる。そしてすぐに踵を返し、ジムを出て行った。
「レッド?」
「……この場合、何でもないって答えた方が良いのかな?」
「何だよ、気になるじゃねーか」
「彼女が、来てた」
「は?」
グリーンがジムの入口に目をやるも、そこには既に誰もいない。
「……誰が?」
「そういえば、彼女の名前、聞いてなかったかも」
グリーンが、またお前は……などと説教を始めるのを聞き流しながら、レッドは先程の少女に思いを馳せる。
この一日にも満たない時間で何があったのか、追い詰められたような気配は消え去り、むしろ憑き物が落ちたような笑顔でこちらを見てきた彼女。彼女を追い詰めていたのは、何だったのだろう。自分を超えたその先に、一体何があったのだろう?
「うん、良かった。これで、後は、自業自得なんしか残ってへん」
ミレイは笑顔で呟く。
「さっ、またポケセン戻って、今日は早めに寝よか!」
もう、夢に怯える必要はない。
「オレをあっという間に打ち破ったレッド……」
グリーンが、ふと呟いて、ミレイは彼の横顔をうかがった。
彼は何だか遠い目をして、続ける。
「もう随分長い事、顔を見てねーけど、どこでどうしてるのかな……」
――シロガネ山の、山頂に。一人佇みて、挑戦者を待つ。
ゲーム的にはそうであったし、ウタタからもレッドとそこでバトルしたと聞いているミレイは、それを口に出すべきかどうか躊躇った。それは、教えても良い事なのであろうか。
ジッとグリーンを見上げる視線に気付いたのか、グリーンもまたミレイの方を向く。一瞬絡まる視線。
「そういえばお前、レッドにちょっと似てる気がするよ」
言われてミレイは首を傾ける。
似ていると言われても、自分はそもそもレッドに会った事がない。だから、否定も肯定もする事ができない。
グリーンに似ているかと問われれば、ミレイは肯定する事ができた。たまにナーバスになってしまうところとか、寂しくて人恋しくて、でもそれを口に出せるほど素直になれないところとか。過度な期待に押し潰されそうになった経験とか。
しかし、伝説とさえ呼ばれるトレーナーのレッドについては、残念ながら、ミレイはあまりにも無知だった。
「何となく……、何となく、だけどな」
ミレイの沈黙をどう捉えたのか、グリーンは苦笑してそう言った。
「あー、だから、こんな事考えたのかもな」
返事を期待されていない事は何となく感じ取った。それが今は、とてもありがたかった。
何も言わなくて良い分、考え事ができる。
悩んで、迷って、延ばし延ばしにしていた。シロガネ山に登り、ゲームのシナリオを終わらせる事を。
ゲームのシナリオが終われば、当然迎えるのはエンディングだ。最後の大きな区切りであるエンディングは、同時に最後の大きな、彼女にも分かる可能性でもあった。
ミレイが、元いた世界に戻される事の。
けれど、このまま何もなかったかのように元の世界に戻るには、ミレイはあまりにもこの世界に係わりすぎてしまった。あまりにも多くの人と触れ合いすぎ、あまりにも多くの仲間と友達とを得てしまっていた。この世界はあまりにも彼女にとって居心地が良くて、元の世界はあまりにも無機質に過ぎた。
そして、何よりも。この世界で、彼女は恋に落ちた。元の世界にいた頃は、死んでも恋愛なんかするもんかと頑なに誓っていた、彼女が。
きっと、これが、最後のチャンスだ。幸いにも、今は、自分の片想い。上手くやれば、彼はさほど傷つかずに済む可能性があるのだと、宣告されたのだ。
グリーンは、レッドの事を気にしている。ウタタはレッドにギリギリで競り勝ったというが、そこでもし圧倒的勝利を収めれば、レッドに下山してもらうよう頼むのも不可能ではないのかもしれない。そして、もしレッドが下山すれば……グリーンは、暫くは、その事で頭がいっぱいになるだろう。きっと、彼の傍からいなくなった、グレン島でだべっているだけのトレーナーの事など、気付かないだろう。
いつまでも悩んでいる場合ではないのだと、悟った。そうだ、元から、長々と迷うのなんか性に合わないと、自分で言っていたではないか。こんな生殺しな気分など、終わらせてしまえ。ケジメをつけるのだ。たとえ異世界トリップをしても、結局は情けないままだった、自分に。そして……。
ミレイの頭は高速で回転しだす。どうすれば、どうやれば。周りへの影響を、最小限にできるのか。彼への心の傷を、小さくできるのか。
そうだ、ケジメをつけないといけない。情けない自分と……、この、片恋に。
本来、エンディング後も続くポケモンとの冒険。エンディングの後も続く物語。けれど、続かない可能性を、最悪の可能性を、念頭に置けば。身を引く以外に、好きになってくれるなと牽制する以外に、何ができようか。
勿論そんな事はしたくなくて、本当は何もかもをいっそこの場でぶちまけてしまいたくて、大声で泣いてしまえれば、ああ、いっそどんなにか良かっただろう。
でも彼にまで苦しい思いはして欲しくない訳で、泣き顔なんてみっともなさすぎて見せられない訳で、本当は何とも思われていなかったのに何を思い上がっているのだと言われる可能性が怖くて、そんな自分のエゴの為に、ミレイは自分の最善で最悪な選択を覆せなかった。
もしも帰らずに済むのなら、それは最高の、そして、その後が苦しいエンディング。帰されるのは、最悪の、切なくて悲しくて、でも諦めの付く、エンディング。
踏ん切りをつける筈が、思考は最早混沌の極み。ただ、それでも一つだけ、決意は残る。
シロガネ山に登り、レッドに勝つ。なるべく早く下準備をして、なるべく早く、後戻りなどできぬように。
悲恋の主人公を気取る自分の滑稽さには、最後まで気付く事なく。
電話番号を交換する前に、こうして普通に電話の内容を話してるんじゃないかなー。と、考えたのが運の尽き。
グリーンが、ふと呟いて、ミレイは彼の横顔をうかがった。
彼は何だか遠い目をして、続ける。
「もう随分長い事、顔を見てねーけど、どこでどうしてるのかな……」
――シロガネ山の、山頂に。一人佇みて、挑戦者を待つ。
ゲーム的にはそうであったし、ウタタからもレッドとそこでバトルしたと聞いているミレイは、それを口に出すべきかどうか躊躇った。それは、教えても良い事なのであろうか。
ジッとグリーンを見上げる視線に気付いたのか、グリーンもまたミレイの方を向く。一瞬絡まる視線。
「そういえばお前、レッドにちょっと似てる気がするよ」
言われてミレイは首を傾ける。
似ていると言われても、自分はそもそもレッドに会った事がない。だから、否定も肯定もする事ができない。
グリーンに似ているかと問われれば、ミレイは肯定する事ができた。たまにナーバスになってしまうところとか、寂しくて人恋しくて、でもそれを口に出せるほど素直になれないところとか。過度な期待に押し潰されそうになった経験とか。
しかし、伝説とさえ呼ばれるトレーナーのレッドについては、残念ながら、ミレイはあまりにも無知だった。
「何となく……、何となく、だけどな」
ミレイの沈黙をどう捉えたのか、グリーンは苦笑してそう言った。
「あー、だから、こんな事考えたのかもな」
返事を期待されていない事は何となく感じ取った。それが今は、とてもありがたかった。
何も言わなくて良い分、考え事ができる。
悩んで、迷って、延ばし延ばしにしていた。シロガネ山に登り、ゲームのシナリオを終わらせる事を。
ゲームのシナリオが終われば、当然迎えるのはエンディングだ。最後の大きな区切りであるエンディングは、同時に最後の大きな、彼女にも分かる可能性でもあった。
ミレイが、元いた世界に戻される事の。
けれど、このまま何もなかったかのように元の世界に戻るには、ミレイはあまりにもこの世界に係わりすぎてしまった。あまりにも多くの人と触れ合いすぎ、あまりにも多くの仲間と友達とを得てしまっていた。この世界はあまりにも彼女にとって居心地が良くて、元の世界はあまりにも無機質に過ぎた。
そして、何よりも。この世界で、彼女は恋に落ちた。元の世界にいた頃は、死んでも恋愛なんかするもんかと頑なに誓っていた、彼女が。
きっと、これが、最後のチャンスだ。幸いにも、今は、自分の片想い。上手くやれば、彼はさほど傷つかずに済む可能性があるのだと、宣告されたのだ。
グリーンは、レッドの事を気にしている。ウタタはレッドにギリギリで競り勝ったというが、そこでもし圧倒的勝利を収めれば、レッドに下山してもらうよう頼むのも不可能ではないのかもしれない。そして、もしレッドが下山すれば……グリーンは、暫くは、その事で頭がいっぱいになるだろう。きっと、彼の傍からいなくなった、グレン島でだべっているだけのトレーナーの事など、気付かないだろう。
いつまでも悩んでいる場合ではないのだと、悟った。そうだ、元から、長々と迷うのなんか性に合わないと、自分で言っていたではないか。こんな生殺しな気分など、終わらせてしまえ。ケジメをつけるのだ。たとえ異世界トリップをしても、結局は情けないままだった、自分に。そして……。
ミレイの頭は高速で回転しだす。どうすれば、どうやれば。周りへの影響を、最小限にできるのか。彼への心の傷を、小さくできるのか。
そうだ、ケジメをつけないといけない。情けない自分と……、この、片恋に。
本来、エンディング後も続くポケモンとの冒険。エンディングの後も続く物語。けれど、続かない可能性を、最悪の可能性を、念頭に置けば。身を引く以外に、好きになってくれるなと牽制する以外に、何ができようか。
勿論そんな事はしたくなくて、本当は何もかもをいっそこの場でぶちまけてしまいたくて、大声で泣いてしまえれば、ああ、いっそどんなにか良かっただろう。
でも彼にまで苦しい思いはして欲しくない訳で、泣き顔なんてみっともなさすぎて見せられない訳で、本当は何とも思われていなかったのに何を思い上がっているのだと言われる可能性が怖くて、そんな自分のエゴの為に、ミレイは自分の最善で最悪な選択を覆せなかった。
もしも帰らずに済むのなら、それは最高の、そして、その後が苦しいエンディング。帰されるのは、最悪の、切なくて悲しくて、でも諦めの付く、エンディング。
踏ん切りをつける筈が、思考は最早混沌の極み。ただ、それでも一つだけ、決意は残る。
シロガネ山に登り、レッドに勝つ。なるべく早く下準備をして、なるべく早く、後戻りなどできぬように。
悲恋の主人公を気取る自分の滑稽さには、最後まで気付く事なく。
電話番号を交換する前に、こうして普通に電話の内容を話してるんじゃないかなー。と、考えたのが運の尽き。
「なぁ、姉ちゃん。結局、用事って何なんだ? わざわざジムに連絡を入れるほどの事だったのか?」
オーキド博士の研究所に呼び出されたグリーンは、やや不機嫌そうな面持ちで姉のナナミを見た。
ナナミの方は、弟の不機嫌などどこ吹く風で、のんびりとお茶など淹れている。
「ジムなら大丈夫よ。まだ、カントーの他のジムを全部制覇した人はいないって、確認しておいたから。安心してサボれるでしょ?」
確かにサボり癖というか放浪癖はあるかもしれないが、姉にまでサボると言われ、グリーンは舌打ちした。
「もう、お行儀悪い。全く、相変わらずね。うーん、そろそろだと思うんだけど……」
「何だよ。じいさん絡みで客でも来るのか?」
「いいえ、そうじゃないわ。ただ、家を空けとく必要があったから、ここを借りただけ」
ナナミはお茶の入ったカップを二つ並べると、テレビを点けた。
「うん、よし。来てるわね」
「ミレイ? ってか、家に監視カメラなんて仕掛けてたのかよ!?」
テレビに映ったのは、普通の番組かと思いきや、何と家の玄関やリビング、キッチンの映像で。玄関を映す画面では、扉の前に佇む少女の姿も見えた。
「やっぱり愛の力ね。真っ先にミレイちゃんに気付くなんて」
ナナミの揶揄いなど聞く余裕なく、グリーンはミレイの姿を食い入るように見詰めている。
ミレイは、いつぞやと同じようにインターホンの前で所在なげに立っていたが、暫くすると、玄関の前から立ち去った。
「っ!!」
「こら、行かないの。これからが面白い所なのに」
思わず出て行こうとしたグリーンを、ナナミは引き留める。
「ほら、今度はこっちに映ったわよ」
リビングを映すカメラには、その外に干してある洗濯物も映っている。そしてその向こうに、ミレイの姿が見えた。
彼女は洗濯物の存在を確認すると、また玄関の前に戻る。それを確認して、ナナミは悪戯っ子のように笑った。
「ね? それじゃ、シャワーズ。雨乞い、ゆっくりお願い」
ナナミの指示により、マサラタウン一帯を雨雲が覆っていった。
「おい、洗濯物濡れるぞ?」
「問題ないわ。だって、ミレイちゃんがいるもの」
画面の中で、ミレイは空を見上げ、ぎょっとした顔をし、鞄に手を突っ込んだ。まるで手品のように一瞬で、抜き出した手には鍵が握られている。
ミレイは大慌てで玄関の鍵を開け、家の中に飛び込み、リビングまで突っ走り、そこから再び外に出ると洗濯物を取り込み始めた。全てを取り込み終わったところで、シトシトと雨が降り始める。
ふぅ、と息を吐く素振りを見せると、ミレイはリビングのテーブルの上に乗せられたメモに気付き、それを読み始めた。
「ね、大丈夫だったでしょ? グリーン、あのメモ、何て書いてあると思う?」
「メモ……? お疲れ様でした、とかか」
「うふふ、残念でした。あのメモにはね、グリーンに洗濯物の取り込みと夕食の準備をするようにって書いてあるのよ。さて、グリーンが今日は夕方まで帰ってこないって思ってるミレイちゃんは、どうするかしらね?」
「姉ちゃん、悪魔だな……」
ミレイは困ったような顔で自らが取り込んでしまった洗濯物の山と、メモを交互に見た。そして次いで、キッチンに目をやり、またメモに視線を落とした。
暫く何事かを思案していた彼女は、帽子を脱いでリビングのソファーに置くと、鞄は肩に掛けたまま、キッチンに入っていく。
炊飯器を見付けた彼女は、がっくりと、肩を落とし、項垂れた。そして、一呼吸分置いて、勢いよく顔を上げた。
炊飯器の中を確認する。空だ。
ミレイは左腕だけでガッツポーズをすると、ごそごそと鞄を漁りだした。
「やる気になってくれたみたいね。……あら? ミレイちゃんったら、あんなもの持ち歩いてるの?」
ミレイが鞄から取り出したのは、炊飯器の中にセットする釜。次に、袋に詰められた米だった。
ある程度慣れた手つきで、彼女は自分が取り出した方の釜を使って米を研ぐ。そして水の量を調整し、今度はキッチンの炊飯器の釜に移し替えた。
「変わった事するわね」
ミレイは釜の中を見ると、メモを取りだし、何事かを書き付け、また戻した。最初に使った釜を軽く洗って拭くと、それも鞄に戻す。
代わりに取り出したのは、まな板と包丁だった。それらを調理台の上に乗せ、更に鞄の中から材料を出していく。
人参、大根、椎茸、ゴボウ、薄揚げ、何かの肉……。
人参と大根に関しては、彼女はある程度を切ると、残りをまた鞄に戻した。そして、鞄からスプーンと青い容器と醤油の瓶と小さな紙袋を出し、用は済んだとばかりに鞄そのものをリビングに置いた帽子の近くに置きに行ってしまった。ついでと言わんばかりに、上着まで脱いでしまう。
まな板の前に戻ってきたミレイは、とても真剣な目をしていた。
野菜を洗うと包丁を握り、握り直し、深呼吸。そして。
鞄にボールとザルを取りに戻った。
真剣な様子のミレイにつられて息を詰めて見ていた姉弟は、ずっこけた。
「あー、料理は得意じゃないって言ってたのは、嘘じゃないみたいね」
明らかに慣れない手付きで野菜を剥き始めたミレイを見ながら、ナナミは言った。
「ピーラー使えば良いのに……」
だが当然そのありがたい意見はミレイの耳に届く筈がなく、ミレイは危なっかしい手付きで包丁を動かし、野菜を切っていく。ゴボウは笹掻きにして、水に浸す。そして、薄揚げも切り終わると、肉に手を伸ばした。
水で洗いながら、白っぽい部分を引っぺがす。野菜の皮と同じように隅の三角コーナーにそれを捨てかけ、彼女はふと手を止めた。
考え込む仕草。
ひとまず肉をまな板の上に戻し、手を洗う。リビングの鞄にとって返し、ビニール袋を取り出すとキッチンに戻ってきた。
彼女は自分が出したと思しき生ごみをビニール袋に回収し、口をきつく縛ると自分の鞄に仕舞った。そして再び何事かをメモする。
その後、肉も切り終えると、ミレイはキッチンに掛かっている時計を見た。米を研いでから、およそ半時間から一時間といったところか。
炊飯器の蓋を開ける。そこに紙袋から茶色い粉を適当感溢れる動作で振り掛け、青い容器からは白い粉を小さじ半分ほど放り込み、スプーン三杯分の醤油も量り入れた。
流石にここまでくれば、グリーンにもミレイの作ろうとしている料理が分かった。炊き込みご飯だ。
案の定、醤油を量り入れたスプーンで釜の中を掻き回したミレイはザルの中のゴボウやまな板の上の具材を炊飯器に入れ、更に軽く手で混ぜ、そして再び炊飯器の蓋を閉めた。
ミレイは使った道具の片付けを始める。まな板や包丁を洗い、ザルやボールは軽く水ですすぎ、それらを拭くと調味料と合わせて全部鞄に収納する。
片付けが済むと、炊飯器のスイッチを押す。そして、洗濯物を取り込み終わったとき同様、ふぅと息を吐いた。
「さて、それじゃ、私達もそろそろ帰りましょうか」
リビングに戻って上着を羽織り、洗濯物を畳み始めたミレイから目を離すと、ナナミは実に爽やかな笑顔でそう言った。
「は!?」
「何を驚いているの。当然でしょ? このままミレイちゃんが洗濯物を畳み終わったら、また逃げられちゃうじゃない」
「また……って、前もこんな事あったのかよ!?」
「あの時は偶然だったけどね。ちょっと買い物に出かけた隙に夕立が来ちゃって、慌てて帰ったら外に干してた筈の洗濯物が畳まれてたのよ。うちの鍵を持ってる人って限られるでしょ? 消去法で考えたら、ミレイちゃんしかいなかったのよね」
それで今回の悪戯を思い付いたの、とナナミは一見おっとりのほほんとした、実にイイ笑顔でのたまう。
「これで後はバッチリ現場を押さえるだけよ。全く、せっかく鍵を持ってるのにコソコソとしか使わないなんて、勿体ないわ。挙句に料理を作って感想も聞かないなんて野暮な事は、させないんだから」
「ちょ、ちょっと待て!! 今このタイミングで二人で帰ったら、色々と怪しいだろうがっ! 姉ちゃん!! は、離せーっ!!!」
逃げようとする弟の首根っこを取っ捕まえ、ナナミは鼻歌でも歌いそうな勢いでオーキド博士の研究所を後にした。
お互いに色々と言い逃げできなくて慌てる初心なカップルが見られるまで、あと数分。
結局姉という生物は弟属性に弱くて、弟は姉に弱いんですよね、きっと。と、いう話。
ナナミさんが意外と黒くなってしまったのは…ネットサーフィン中に、黒ナナミさんの小説を幾つか見付けてしまったのが敗因かなぁと。
オーキド博士の研究所に呼び出されたグリーンは、やや不機嫌そうな面持ちで姉のナナミを見た。
ナナミの方は、弟の不機嫌などどこ吹く風で、のんびりとお茶など淹れている。
「ジムなら大丈夫よ。まだ、カントーの他のジムを全部制覇した人はいないって、確認しておいたから。安心してサボれるでしょ?」
確かにサボり癖というか放浪癖はあるかもしれないが、姉にまでサボると言われ、グリーンは舌打ちした。
「もう、お行儀悪い。全く、相変わらずね。うーん、そろそろだと思うんだけど……」
「何だよ。じいさん絡みで客でも来るのか?」
「いいえ、そうじゃないわ。ただ、家を空けとく必要があったから、ここを借りただけ」
ナナミはお茶の入ったカップを二つ並べると、テレビを点けた。
「うん、よし。来てるわね」
「ミレイ? ってか、家に監視カメラなんて仕掛けてたのかよ!?」
テレビに映ったのは、普通の番組かと思いきや、何と家の玄関やリビング、キッチンの映像で。玄関を映す画面では、扉の前に佇む少女の姿も見えた。
「やっぱり愛の力ね。真っ先にミレイちゃんに気付くなんて」
ナナミの揶揄いなど聞く余裕なく、グリーンはミレイの姿を食い入るように見詰めている。
ミレイは、いつぞやと同じようにインターホンの前で所在なげに立っていたが、暫くすると、玄関の前から立ち去った。
「っ!!」
「こら、行かないの。これからが面白い所なのに」
思わず出て行こうとしたグリーンを、ナナミは引き留める。
「ほら、今度はこっちに映ったわよ」
リビングを映すカメラには、その外に干してある洗濯物も映っている。そしてその向こうに、ミレイの姿が見えた。
彼女は洗濯物の存在を確認すると、また玄関の前に戻る。それを確認して、ナナミは悪戯っ子のように笑った。
「ね? それじゃ、シャワーズ。雨乞い、ゆっくりお願い」
ナナミの指示により、マサラタウン一帯を雨雲が覆っていった。
「おい、洗濯物濡れるぞ?」
「問題ないわ。だって、ミレイちゃんがいるもの」
画面の中で、ミレイは空を見上げ、ぎょっとした顔をし、鞄に手を突っ込んだ。まるで手品のように一瞬で、抜き出した手には鍵が握られている。
ミレイは大慌てで玄関の鍵を開け、家の中に飛び込み、リビングまで突っ走り、そこから再び外に出ると洗濯物を取り込み始めた。全てを取り込み終わったところで、シトシトと雨が降り始める。
ふぅ、と息を吐く素振りを見せると、ミレイはリビングのテーブルの上に乗せられたメモに気付き、それを読み始めた。
「ね、大丈夫だったでしょ? グリーン、あのメモ、何て書いてあると思う?」
「メモ……? お疲れ様でした、とかか」
「うふふ、残念でした。あのメモにはね、グリーンに洗濯物の取り込みと夕食の準備をするようにって書いてあるのよ。さて、グリーンが今日は夕方まで帰ってこないって思ってるミレイちゃんは、どうするかしらね?」
「姉ちゃん、悪魔だな……」
ミレイは困ったような顔で自らが取り込んでしまった洗濯物の山と、メモを交互に見た。そして次いで、キッチンに目をやり、またメモに視線を落とした。
暫く何事かを思案していた彼女は、帽子を脱いでリビングのソファーに置くと、鞄は肩に掛けたまま、キッチンに入っていく。
炊飯器を見付けた彼女は、がっくりと、肩を落とし、項垂れた。そして、一呼吸分置いて、勢いよく顔を上げた。
炊飯器の中を確認する。空だ。
ミレイは左腕だけでガッツポーズをすると、ごそごそと鞄を漁りだした。
「やる気になってくれたみたいね。……あら? ミレイちゃんったら、あんなもの持ち歩いてるの?」
ミレイが鞄から取り出したのは、炊飯器の中にセットする釜。次に、袋に詰められた米だった。
ある程度慣れた手つきで、彼女は自分が取り出した方の釜を使って米を研ぐ。そして水の量を調整し、今度はキッチンの炊飯器の釜に移し替えた。
「変わった事するわね」
ミレイは釜の中を見ると、メモを取りだし、何事かを書き付け、また戻した。最初に使った釜を軽く洗って拭くと、それも鞄に戻す。
代わりに取り出したのは、まな板と包丁だった。それらを調理台の上に乗せ、更に鞄の中から材料を出していく。
人参、大根、椎茸、ゴボウ、薄揚げ、何かの肉……。
人参と大根に関しては、彼女はある程度を切ると、残りをまた鞄に戻した。そして、鞄からスプーンと青い容器と醤油の瓶と小さな紙袋を出し、用は済んだとばかりに鞄そのものをリビングに置いた帽子の近くに置きに行ってしまった。ついでと言わんばかりに、上着まで脱いでしまう。
まな板の前に戻ってきたミレイは、とても真剣な目をしていた。
野菜を洗うと包丁を握り、握り直し、深呼吸。そして。
鞄にボールとザルを取りに戻った。
真剣な様子のミレイにつられて息を詰めて見ていた姉弟は、ずっこけた。
「あー、料理は得意じゃないって言ってたのは、嘘じゃないみたいね」
明らかに慣れない手付きで野菜を剥き始めたミレイを見ながら、ナナミは言った。
「ピーラー使えば良いのに……」
だが当然そのありがたい意見はミレイの耳に届く筈がなく、ミレイは危なっかしい手付きで包丁を動かし、野菜を切っていく。ゴボウは笹掻きにして、水に浸す。そして、薄揚げも切り終わると、肉に手を伸ばした。
水で洗いながら、白っぽい部分を引っぺがす。野菜の皮と同じように隅の三角コーナーにそれを捨てかけ、彼女はふと手を止めた。
考え込む仕草。
ひとまず肉をまな板の上に戻し、手を洗う。リビングの鞄にとって返し、ビニール袋を取り出すとキッチンに戻ってきた。
彼女は自分が出したと思しき生ごみをビニール袋に回収し、口をきつく縛ると自分の鞄に仕舞った。そして再び何事かをメモする。
その後、肉も切り終えると、ミレイはキッチンに掛かっている時計を見た。米を研いでから、およそ半時間から一時間といったところか。
炊飯器の蓋を開ける。そこに紙袋から茶色い粉を適当感溢れる動作で振り掛け、青い容器からは白い粉を小さじ半分ほど放り込み、スプーン三杯分の醤油も量り入れた。
流石にここまでくれば、グリーンにもミレイの作ろうとしている料理が分かった。炊き込みご飯だ。
案の定、醤油を量り入れたスプーンで釜の中を掻き回したミレイはザルの中のゴボウやまな板の上の具材を炊飯器に入れ、更に軽く手で混ぜ、そして再び炊飯器の蓋を閉めた。
ミレイは使った道具の片付けを始める。まな板や包丁を洗い、ザルやボールは軽く水ですすぎ、それらを拭くと調味料と合わせて全部鞄に収納する。
片付けが済むと、炊飯器のスイッチを押す。そして、洗濯物を取り込み終わったとき同様、ふぅと息を吐いた。
「さて、それじゃ、私達もそろそろ帰りましょうか」
リビングに戻って上着を羽織り、洗濯物を畳み始めたミレイから目を離すと、ナナミは実に爽やかな笑顔でそう言った。
「は!?」
「何を驚いているの。当然でしょ? このままミレイちゃんが洗濯物を畳み終わったら、また逃げられちゃうじゃない」
「また……って、前もこんな事あったのかよ!?」
「あの時は偶然だったけどね。ちょっと買い物に出かけた隙に夕立が来ちゃって、慌てて帰ったら外に干してた筈の洗濯物が畳まれてたのよ。うちの鍵を持ってる人って限られるでしょ? 消去法で考えたら、ミレイちゃんしかいなかったのよね」
それで今回の悪戯を思い付いたの、とナナミは一見おっとりのほほんとした、実にイイ笑顔でのたまう。
「これで後はバッチリ現場を押さえるだけよ。全く、せっかく鍵を持ってるのにコソコソとしか使わないなんて、勿体ないわ。挙句に料理を作って感想も聞かないなんて野暮な事は、させないんだから」
「ちょ、ちょっと待て!! 今このタイミングで二人で帰ったら、色々と怪しいだろうがっ! 姉ちゃん!! は、離せーっ!!!」
逃げようとする弟の首根っこを取っ捕まえ、ナナミは鼻歌でも歌いそうな勢いでオーキド博士の研究所を後にした。
お互いに色々と言い逃げできなくて慌てる初心なカップルが見られるまで、あと数分。
結局姉という生物は弟属性に弱くて、弟は姉に弱いんですよね、きっと。と、いう話。
ナナミさんが意外と黒くなってしまったのは…ネットサーフィン中に、黒ナナミさんの小説を幾つか見付けてしまったのが敗因かなぁと。
……あ、今日もいる。
乗ってきたポケモンの背から降りながら、思う。
物憂げに佇む、彼の背を。
気付いたら、来る度に、目で追っていた。
「ん? ああ、お前も来たのか」
彼がふとこちらを向く。
そして、ふわりと笑う。
視線が合ったら、逃げられない。
だから、ギリギリで、目を逸らすのだ。
ああ、きっと、自分は不審者だ。
……今日は、いない。
何となく、溜息。
来るのかな、来ないのかな。
目標のない視線は行ったり来たり。
そこで、何を探してるんだろうと、自己嫌悪に陥った。
何を期待してるんだろう、本当に。
と、そこでポンと肩を叩かれた。
振り返って彼の姿を確認するなり、思わず悲鳴を上げて飛び上がっていた。
「そこまでびっくりする事か?」
答えたいけど、何を答えたら良いのか、分からない。
触られるのは苦手。
でも、普段はもっと、我慢できるのに。
……暗くなってきたな。
いつの間にか、夕暮れだ。
来るなり昼寝を始めた彼は、まだ眠っている。
そっと手を伸ばしかけて……引っ込めた。
今日は一日、その繰り返しで終わってしまった。
怪しさ大爆発な自分に、溜息。
鞄から、毛布を出して彼に掛けておいた。
彼が目を覚ます前に、何か言われる前に、逃げてしまおう。
そんな諸々を影から目撃していた友人に、それが恋なのだと諭されたのは、いつ?
乗ってきたポケモンの背から降りながら、思う。
物憂げに佇む、彼の背を。
気付いたら、来る度に、目で追っていた。
「ん? ああ、お前も来たのか」
彼がふとこちらを向く。
そして、ふわりと笑う。
視線が合ったら、逃げられない。
だから、ギリギリで、目を逸らすのだ。
ああ、きっと、自分は不審者だ。
……今日は、いない。
何となく、溜息。
来るのかな、来ないのかな。
目標のない視線は行ったり来たり。
そこで、何を探してるんだろうと、自己嫌悪に陥った。
何を期待してるんだろう、本当に。
と、そこでポンと肩を叩かれた。
振り返って彼の姿を確認するなり、思わず悲鳴を上げて飛び上がっていた。
「そこまでびっくりする事か?」
答えたいけど、何を答えたら良いのか、分からない。
触られるのは苦手。
でも、普段はもっと、我慢できるのに。
……暗くなってきたな。
いつの間にか、夕暮れだ。
来るなり昼寝を始めた彼は、まだ眠っている。
そっと手を伸ばしかけて……引っ込めた。
今日は一日、その繰り返しで終わってしまった。
怪しさ大爆発な自分に、溜息。
鞄から、毛布を出して彼に掛けておいた。
彼が目を覚ます前に、何か言われる前に、逃げてしまおう。
そんな諸々を影から目撃していた友人に、それが恋なのだと諭されたのは、いつ?
お題配布元:転寝Lamp
マサラタウンのとある一軒家の前で、ミレイはもう何分も立ち尽くしていた。
ここの住人の一人であるトキワのジムリーダーに合鍵を貰ったのが、数日前の事。だが、ここに住んでいるのは彼ばかりではなく、むしろ普段は彼の姉だけがいるという家だ。
よって、鍵を貰った後も、普通にインターホンを押してから彼の姉、ナナミとお茶をするというのが日課とまではいかなくても習慣の一つとなっていたのだが……生憎、今日は留守のようで。先程から、引き返すかどうかを、結構真剣に悩んでいたりするのである。
外に洗濯物がぶら下がっているのを見る限り、そんなに長い外出ではなさそうなんやけどなぁ、と裏手の洗濯物に視線を向けたミレイの腕に、ポツリと冷たい滴が当たる。
「……雨?」
慌てて空を振り仰ぐと、先程までの晴天が嘘のように、どんどん暗くなっていく。
「うげ、夕立か!」
夕立ならすぐに止む可能性が高いとはいえ、そして自分一人なら多少濡れても気にしないとはいえ……。外に干されている洗濯物は、無事では済まないだろう。
「……ナナミさん、すんませんっ」
更に迷う時間は、残されていなかった。
ミレイは鞄の中から、鍵を出す。彼女の今の、唯一の鍵、今まで使った事のない鍵を。
使う使わないはともかく、ここ数日、折に触れては取り出して眺めていた鍵など、見ずとも一瞬で取り出せる。
バタバタと、せわしない足音だけが残された。
「……あら?」
急な雨に、慌てて買い物から戻ってきたナナミは、首を傾げた。
外に干して行った筈の洗濯物が、取り込まれている。
家に入ると、リビングのソファーの上に、畳まれた洗濯物が置かれていた。そしてその畳まれ方には、見覚えがない。ナナミの畳み方でも、彼女の弟の畳み方でもない方法で畳まれ、積まれている洗濯物。
「ふうん。これは、ひょっとして……ミレイちゃんかしら?」
というか、彼女くらいしか、他に心当たりはない。
「もう、水臭いわねぇ。そのまま待っててくれたら良かったのに」
取り敢えず、続きの構想はあるものの、ここまで。
何か理由というか大義名分がないと、合鍵貰っても使えないミレイでしたとさ。
ここの住人の一人であるトキワのジムリーダーに合鍵を貰ったのが、数日前の事。だが、ここに住んでいるのは彼ばかりではなく、むしろ普段は彼の姉だけがいるという家だ。
よって、鍵を貰った後も、普通にインターホンを押してから彼の姉、ナナミとお茶をするというのが日課とまではいかなくても習慣の一つとなっていたのだが……生憎、今日は留守のようで。先程から、引き返すかどうかを、結構真剣に悩んでいたりするのである。
外に洗濯物がぶら下がっているのを見る限り、そんなに長い外出ではなさそうなんやけどなぁ、と裏手の洗濯物に視線を向けたミレイの腕に、ポツリと冷たい滴が当たる。
「……雨?」
慌てて空を振り仰ぐと、先程までの晴天が嘘のように、どんどん暗くなっていく。
「うげ、夕立か!」
夕立ならすぐに止む可能性が高いとはいえ、そして自分一人なら多少濡れても気にしないとはいえ……。外に干されている洗濯物は、無事では済まないだろう。
「……ナナミさん、すんませんっ」
更に迷う時間は、残されていなかった。
ミレイは鞄の中から、鍵を出す。彼女の今の、唯一の鍵、今まで使った事のない鍵を。
使う使わないはともかく、ここ数日、折に触れては取り出して眺めていた鍵など、見ずとも一瞬で取り出せる。
バタバタと、せわしない足音だけが残された。
「……あら?」
急な雨に、慌てて買い物から戻ってきたナナミは、首を傾げた。
外に干して行った筈の洗濯物が、取り込まれている。
家に入ると、リビングのソファーの上に、畳まれた洗濯物が置かれていた。そしてその畳まれ方には、見覚えがない。ナナミの畳み方でも、彼女の弟の畳み方でもない方法で畳まれ、積まれている洗濯物。
「ふうん。これは、ひょっとして……ミレイちゃんかしら?」
というか、彼女くらいしか、他に心当たりはない。
「もう、水臭いわねぇ。そのまま待っててくれたら良かったのに」
取り敢えず、続きの構想はあるものの、ここまで。
何か理由というか大義名分がないと、合鍵貰っても使えないミレイでしたとさ。