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ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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「……?」
 振り返る。まだいる。
 仕掛けも置いていない隅の暗がりに座り込んで、今は何をするわけでもなく。
 ミレイが朝からジムに押しかけてくる事も珍しいが、片隅にちゃっかり座り込んで居着いているというのはもっと珍しい。普段はあまり押し掛けてこないし、仕事の邪魔をしては悪いからと、中に居座り続ける事もないのだから。
 声は幾度となく掛けたが、どうやら今日は『水曜日だし、そういう気分』なのだそうだ。我儘を通したい気分らしい。どういう我儘なのかは分からないが。
 彼女はたまに携帯を見てはポチポチとボタンを押し、ノートパソコンを広げてはカタカタとキーボードを叩き、本日の定位置と決めたその場から動く気配はない。
 ――ヴィイイン。ヴィイイン。
 振動の音が、来客も途絶えて静かなジムに響き渡った。
 何事かと思ったら、ミレイがポケギアを取り出す。
「はい、もしもし」
『ミレイちゃん? どこにいるんだい?』
「ん? ターちゃん、何か用事?」
『もうっ、分かってる癖に! ホントに、今どこだよ? グレン島にも、シロガネ山の麓にも、コガネにも、エンジュにもいなかったじゃないか』
「あー……。あはははは。ま、仕方ないね。水曜日だもんね」
 また出た。『水曜日』だから、と。
 誤魔化すように笑っていたミレイが、ふと、ピキリとその笑顔を固まらせた。
『金曜日か日曜日なら良かったのにね~。……って事かな? あっ、分かった! そこ動いちゃ駄目だからね!』
「え、ちょ、なして!? 分かったって、何が!? ちょ、ターちゃん……!」
 ややあって、ポケギアから顔を離した彼女は呆然と一言。
「……切られたし」
「何の電話だ?」
 別に忙しくも何ともないので、また声を掛けたら、ミレイは「うーん」と唸った。
「……何の用事やろね?」
 しかし、その割に、あんまり疑問には感じていないようである。
 ミレイはそのまま、数日前にあげた髪飾りに手をやり、にへら、と笑った。ジムの片隅でずっと座っているという地味な予定の割には、彼女の今日の服装は何となく気合が入っていると思う。
「ミレイちゃん、ここにいたんだ!」
 ややあってジムにやってきたウタタは、そんな事を言うと、ちらっと気にするようにこちらに目をやった。
「……もしかして、お邪魔しちゃったかな?」
「んんんー。だいじょーぶ。わたしが勝手にお邪魔してるだけやから~」
 ミレイは今日ずっとそうであったように、何となくユルい笑顔で答える。
「そう? んじゃ、はい、これ」
 ウタタは、ラッピングされた箱をミレイに渡した。
 ラッピングされた、箱? クリスマスは、数日前に終わった筈なのに……もしかしてオレは何かを忘れているのか?
「お誕生日おめでとう。本当はケーキを焼きたかったんだけど、ミレイちゃんったら予定教えてくれないし……。今年はクッキーで我慢してね」
「わーい、非常食ゲット~! ターちゃん、ありがとう!!」
 …………。オタンジョウビオメデトウ?
「……は? ちょっと待った。お前、今日が誕生日なのか!?」
 思わず割り込んだら、ミレイは顔を赤くした。
「え、ちょっとミレイちゃん! もしかして、言ってなかったの!?」
 一瞬、信じられないようなものを見る目つきでオレを見たウタタが、グルンと凄まじい勢いでミレイの方を振り返る。
 ミレイはといえば、もごもごと、「だって、どない言えと?」と、ぼやいた。
「いや、そこは言うべきだよ!」
 オレの内心をものの見事に代弁してくれるウタタ。普段はからかわれて困るばかりだが、今この時ばかりは同意できる。
 つまり、つまりだ。ミレイが朝からここに押し掛けたのは、今日が単に水曜日だからではなく……。
 『誕生日なのに、水曜日だから』だったっていうのか!?
 そう考えると、ウタタは恐ろしいな。その一言で、ミレイの居場所を当てたのか。
「んー、でも、年末年始でただでさえ忙しい時期やん。クリスマスに大晦日にお正月にエトセトえとせと」
「それとこれとは話が別! っていうか、じゃあ、今日は何してたのさ?」
 ミレイはオレを見て、にへらと笑った。髪飾りをさわっていた時と同じ笑顔だ。
「せっかくの誕生日やから、ね?」
「いや、『ね?』じゃないよ……。グリーン君! ミレイちゃんは何してたんだい?」
「えっ!?」
 いきなり話題を振られて、慌てて思い返す。
「……いや、朝からずっとそこに座ってたぞ? たまーに携帯さわって……」
「それは誕おめメールに返事してたんやね」
「パソコンもさわって……」
「それもメール返信と、サイトにお祝い言いに来てくれた人たちへの返事と、日記やね」
「あとは、ずっとこっち見てたよなぁ?」
「えへへ~」
 補足の合いの手を入れてくれていたミレイが、何故か、最後の言葉には、笑う。
 そしてウタタは、大きく頷いた。
「ああ、なるほど。そういう事ね」
「え、分かってないのオレだけ!?」
「グリーン君を見てたかったんだよね?」
「「!!?」」
 オレはびっくりしたし、ミレイはボンっという擬音が似合う勢いで真っ赤になった。
「それじゃやっぱり、お邪魔虫は退散した方が良いんじゃないか」
 爆弾を落とすだけ落として、ウタタはさっさと逃げてしまった。何も言い返す暇さえ、与えてくれずに。
 そして何となく嫌な予感がして周りを見たら、テンとサヨはさっさと帰り支度をしているし、他のトレーナー達も何となく生暖かい視線を向けてきているしで、どうやらこれは仕事に戻るどころじゃない。
「もう、そういう事は言ってくれないと困りますよ、ね! グリーンさん!」
 サヨの笑顔が、妙に怖い。
「今からでも遅くないですよ! 今日はもう誰も来ないでしょうし、普段から散々ばっくれてんですから、一日くらい!」
「おいおいおい!?」
 前々から薄々感じていた事だけど、お前らこういう時だけ妙に結託し過ぎてやいないか!?
「え、ちょ、トレーナーさん公認でサボり認定は……! わたしはここで見てられたらそれでええですし!」
「ミレイさん、嘘はいけませんよ?」
「テンさん! 嘘ちゃいますって!」
「ほぅ? そんなところで見ているだけで満足なんですか?」
「……」
 やっと普通の顔色に戻りかけていたミレイが、また赤くなって俯いた。
「いや……だって……」
「だって?」
「優しい笑顔見せてくれるリィちゃんやって好きやけど、お仕事中のカッコいいリィちゃんも好きなんやもん……」
 オレは頭を抱えたくなった。
 お願いだから、そういう可愛い発言を人前でしないでくれ……! オレが意識しちまって仕事できなくなる!

 ……先に結論だけ言うと、ジムは主にトレーナー達のサボタージュにより、当然のように臨時休業となり。
 オレは、トレーナー達に質問攻めに合ったミレイがこれ以上変な発言をしないうちにと、彼女を連れてタマムシデパートに飛び込んだのだった。デパートに行けば、何か買ってやれるしな。
 ああ、でも何だか色々と手遅れな感じがするのは、気のせいか?


◎一言だけあとがき
 …私はグリーンさんをどうしたいのだろうwww

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