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ポケモンH.G.トリップもののメモ帳。
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 目が覚めて部屋の中がすっかり明るくなっていたとなれば、まぁ起きようかと思うのが大体の人間の心情…だと思われる。ミレイの弟のような、そうでない種類の人間も、実はいっぱいいるのだろうけれど。
 机の上に置かれていた服に手を伸ばす。黒い半袖のTシャツ、ネイビージーンズのジャンパースカート、ゴムの部分などは黒い、白のニーハイ。ここまではまあ良い。
 ミレイはちょっとげんなりしながら、フードの付いた七分袖の上着を羽織った。同じ色のゴムで、髪を二つに括る。微妙に癖の強いミレイの髪は、括られると、外に向かって跳ねた。
 上着として渡された服は赤という何とも派手な色で、服のセンスもババ臭いと友人に評されるミレイにとっては、何となく微妙な気分になるのも頷ける話ではあった。ただ、色にさえ目を瞑れば、布地は肌触り良く、近頃のファッションに見られがちな無理な窮屈さもないので、着心地は凄く良いのであるが。
 鏡に映る少女の顔は、ミレイ自身が見慣れていたものよりも、少し若い。かつて散々老け顔で年上に間違われてきたミレイが、今では何と15歳と勘違いされていた。どれだけミレイが自分の本当の年齢(少なくとも成人済み)を言っても信じてもらえない。
 それは半分くらい眼鏡が無いせいだろうか、とミレイはぼんやりと考えた。極度の近視とそれに伴う乱視で、眼鏡を掛けてさえ1.0の視力が期待できなくなっていた筈の目は、何故か多少若返ったついでに視力を回復させたらしい。ミレイは10年以上ぶりに、眼鏡の無い生活を体験していた。頭痛のタネが一つ減ったかと思うと、かなり嬉しい。
 部屋を見回し、寝る前と比べて何も特別変わった所が無い事を確認すると、ミレイは朝食を取るべく部屋を後にした。

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「んぅ~……」
 訳の分からない寝言を言いながらベッドの中で寝返りを打ったミレイの目が、僅かに開く。ぼんやりと周囲を見回す彼女の表情は、どこか心許なさそうだ。
(どこやっけ、ここ……)
 未だ見慣れぬ室内に、視線が彷徨う。
 ミレイが『ここ』に来てから、まだ数日も経っていなかった。



 ミレイは元々、ちょっと創作活動が好きな大学生だった。
 ――気が付いたら森の中にいた。
 数日前のミレイは、そんなシチュエーションに出くわして、自分は夢の中にいるのだと思っていた。
 夢を覚えるのが大層苦手なミレイは、今度の夢こそちゃんと覚えていたいなと思いつつ、何もせず、ただそこで座り込んだままでいた。夢の内容を自在に操り、夢の中で自由に動けるという友達と違い、彼女は夢をただ『眺める』ものとして認識していた為、夢の中の主人公が現れ、物語が目の前で展開されるのを、ぼんやりと待っていたのだ。
「ルーリールー♪」
(……あ、何か聞こえる。映像が動く前に音が聞こえるなんて珍しい)
「ルー?」
(足音が聞こえるなんて、えらい整合性の取れた夢やなー)
「ルールー!」
 背中に何かがぶつかってきて、ミレイは実際に背中に感じたよりも遥かに大きな衝撃を受けた。
「んにゅうぅっ!?」
 妙ちくりんな奇声を上げながらも、前につんのめった身体を支えようととっさに手をついたものの、ミレイの頭の中は真っ白けになっていた。
(何!? 何これ!? 夢ちゃうの!? 何で身体の感覚あんのー!!?)
 心臓がバクバク鳴っている。頭から血が、引くのを通り越して落ちていくのが分かる。酷い耳鳴りもしてきて、手先が冷たくなって、視界が急速に狭くカラーレスになっていく。全身から力が抜けて腕で支えられなくなり、ミレイは顔面から地面に突っ伏した。
 ――ああ、現実を受け入れたくないんやな、と、妙に冷静に頭の一部が囁いた気がした。この症状は、誰かに怒られたり存在を否定されたりした時、嫌な話を聞いた時、見たくないものを見た時などに、心に引きずられた身体が過敏に反応して現れる。心を病み、気分によって体調が大きく左右されるミレイの、発作みたいなものだった。
(何ヲシテモ無駄ナノダカラ、セメテ見ナイノ聞カナイノ言ワナイノ。嵐ハ通リ過ギルマデ耐エ凌グモノ。考エナイ、考エテハイケナイ、考エタクナイ、モウ嫌ダ……)
「リルーッ!?」
 暗く冷たい地面をじっと睨むミレイの耳に、せわしなく行ったり来たりする軽い足音と、上擦った鳴き声が届く。
「リルッ、リルルッ!」
 ペチペチと、頭を叩かれているような気がするが、反応できない。
「ル~~~~ッ!!」
「マリル……? えっ、だ、大丈夫!?」
 もっと大きな足音が駆け寄ってきて、男の子の声が増え、肩を強く揺さぶられた。揺さぶられて吐き気までしてきて、ミレイは声を振り絞らなくてはいけなくなった。
「すみませ…ん……。ほ…っとけば、治まります…から」
「だって、顔真っ青だよ!? 待っててね、博士呼んでくるから!」
 男の子は何人かの大人を連れて戻ってきて、ミレイはどこかの建物の中に担ぎ込まれた。
 正直、その辺りからの事を、ミレイはよく覚えていない。物覚えが良くないのは、数多い彼女の欠点だ。
 ただ、警備員か警察っぽい人が来て、彼の質問に正直に答えたら、凄く妙な顔をされたような気がする。そして何故か建物の中に部屋を貰い、暫くここに居れば良いと言われて……今に至るのである。

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